第四話 俺をキレさせたら大したもんですよぉ!
「出来ましたよ、シナモンさん。軽い捻挫ですが、しばらくは安静にしていた方が良いですよ? はい、湿布薬と包帯です」
「にゃー。助かったのにゃ、ユア。ありがとう!」
ルサリィの森から帰ってきた明丸はシナモンの手当を優先する為に、彼女を背負ったままカナリス薬局へと戻って来ていた。ハルトは仕留めたワイルド・ボアを売ってくると言って、商店街の方へと向かった。シナモンのことは、用事が終わった後で迎えに来るつもりらしい。
椅子にちょこんと座ったシナモンの足に、丁寧に包帯を巻くユア。何だか微笑ましいような、なんだか神々しささえ感じるような。ハルトが居なくて良かったと心の底から思った。
だって、絶対に「ドジッ娘な妹を手当てする世話好きで心優しいお姉さん、尊い、萌え!」とか言うに決まってるし。
「いえいえ。シナモンさんには、いつもお世話になっていますから。早く良くなると良いですね。まさか、魔物に襲われて怪我をするだなんて……うう、皆さんが無事で良かったです」
「ふっ、違うにゃユア。あれはただの魔物じゃなかったにゃ。あれは……そう、古の時代から生きる竜、つまりドラゴンだったのにゃ! 大地を切り裂く爪に、岩を砕く牙、そして鉄をも溶かす炎! シナモン達は命懸けの死闘を繰り広げ、エステレラをドラゴンの脅威から護ったのにゃ。この足は、名誉の負傷にゃ!」
「まあ! そうだったのですね、凄いですシナモンさん!」
どうしよう、あれは訂正した方が良いのだろうか。ハルトが居ないから扱いがわからない。いや、でも流石にユアも信じていないよな。乗ってあげているだけだよな。
……そうだと信じることにしよう、うん。
「アキマルさんも、ありがとうございます! 薬草、助かります。でも、もう今回みたいな無茶はしないでくださいね? 街の外は魔物が居て危険なんです。外へお出かけする時は、シナモンさん達や他の冒険者さんか、傭兵さんに声をかけてくださいね?」
「あ……はい。気を付けます」
「……アキマルさん? どうかしましたか? さっきから何か、落ち着かないようですけど」
「えっと、その……」
相変わらず客が来る気配もない店内を、明丸は見回す。どうしよう。どんな風に話をすれば良いのか。ここに帰って来るまでの間、自分が言いたいことを頭の中で整理して何回もシミュレーションした筈なのに。
どうしよう。こういう時は
……よし、味方は多い方が良いし。ハルトが来てからにしようっと。
「アキマルはー、ユアに話したいことがあるらしいにゃよ?」
「ちょっ、シナモン!? ななな、何言って!」
「にゃぶー。別に愛の告白でも何でもにゃいんだから、さっさと言えば良いにゃ。あっ、それともついでにチャレンジしてみるかにゃ? シナモンが立会人になるにゃーん!」
「何でそうなる!」
「え? え? 何ですか? 何のお話ですか?」
きょろきょろと、ユアが不思議そうにアキマルとシナモンを見比べる。くそっ、この猫娘め。こっちの気も知らないくせに!
「そうだ、アキマルさん! 私も、アキマルさんにご報告したいことがあるんですよ」
「ほ、報告ですか?」
「はい! ふっふっふ。何と、新作が出来たんですよ。これからの季節は、虫刺されや汗疹など、お肌のトラブルが増えますからね。なので……じゃじゃーん! 全てのお悩みに対応したクリームです!」
明丸が何も言えないでいると、ユアがぽんと手を叩いて奥の作業部屋へと向かう。そしてすぐに小走りで戻ってくると、可愛らしいピンク色のケースに入ったクリームを差し出してきた。
うわーお、何か物凄く嫌な予感がする!
「にゃにゃ? 何かにゃ? 新商品って何かにゃ?」
「はい! これはですね、かゆみ止めと痛み止め、それから化膿止めと保湿剤、更には虫避けと日焼け止め成分も混ぜ込んだクリームです! お顔にもお身体にも使えますから、夏の間はこれさえ塗っておけばバッチリなんですよ!」
「おお! 凄いにゃ凄いにゃ! ね、アキマル?」
「…………」
何も言えなかった。いや、確かにそれは便利かもしれないけど。試してみるどころか、蓋を開ける気にもならなかった。
今までに胸にわだかまっていたもやもやが、一瞬で晴れたように思えた。否、今までの迷いを吹き飛ばす程の感情が明丸の中で生まれたのだ。
果たして、この感情が一体何なのか。今はまだ、わからない。でも、これだけは確信した。
今、この瞬間。明丸の運命が、大きく動くことになったのだと。
「……ユアさん、正座」
「ほえ?」
「あなたは薬の怖さをわかっていない! だから正座! お説教です!!」
「ええええ!? は、はいぃ!」
初めて見せた――というより、自分でもここまで感情を剥き出しにしたのは生まれて初めてだと思う――明丸の剣幕に、ユアがあわあわとその場に正座した。
「良いですか、薬というものは確かに便利です。ですが、薬には必ず副作用が存在します。例えば、鎮痛剤には消化不良や腎不全など。このクリームのような外用薬には一見大した副作用は無さそうに思えますが、かゆみ止めには皮膚だけではなくホルモンに作用するものもあります。下手に乱用すれば、骨密度を減らしてしまったり血が固まりやすくなったり……そういう数え切れない程の悪い影響が出てしまうんですよ。一つの薬で多くの効果を持たせれば、確かに便利でしょう。でも、それゆえに乱用や過剰に使用することで副作用のリスクが高まってしまいます。今はまだ、『薬が効かない』で済んでいますが、このままではユアさんの薬で病気になってしまう人が出てきてしまうでしょう」
「そ、そんな……!」
「はわわ、アキマルが本気だにゃ。ぷっちーんって、いっちゃったのにゃ!?」
感情に任せて、これまでに溜め込んだいたことを一気にぶちまける。そう、ユアの薬が効かないと言われていた理由。それは、彼女が父親のレシピを変えてしまったこと。
俗っぽく言えば、魔改造しすぎ!
「でもでもー。シナモンが使った傷薬と、ハルトが飲んだ薬はちゃんと効いたにゃよ?」
「あ、それは……実は、傷薬だけはお父さんのレシピのまま作っていたんです」
恐る恐る、ユアが白状した。そう、このカナリス薬局にある薬の中で、唯一傷薬だけはユアの魔改造の手から逃れていたのだ。
残念ながら、捕まってしまったようだが。
「そうなのにゃ!? 確かに、ユアが作った薬にしてはシンプルだったにゃ。それに、ぶっちゃけ草くせー! と、思ってたにゃ」
「あの臭い、私も気になってたんです。でも、飲み薬とは違って、塗って使うお薬は比較的そのままでも使いやすいと思ったので」
「じゃあ、じゃあ。ハルトが飲んだ薬はどうして効いたにゃ? あれは、飲み薬だったのにゃ!」
「確かに……ハルトさんにお渡ししたのは、私がアレンジした『元気になる』お薬だった筈なのに」
って、さりげなく俺が飲んだ薬と同じかい!
「それは多分、『プラセボ効果』だと思われます」
「ぷ、ぷらせぼ……?」
「何だにゃ? 新しい魔物かにゃ?」
「プラセボ効果とは、本来は何の効果も無い薬を投与したにも関わらず、病状が快方に向かうという現象です。元々、ハルトの症状は幻肢痛……つまり、幻覚の痛みなんです。今までに試したことが無い薬を信じきった結果、彼の脳や身体が良好な反応を示したのだと思われます」
それに、ユアがいう『元気になる』薬には、確か向精神薬も入っているんだとか。ハルトの場合、それも良い方向に作用したのかもしれない。流石にこれ以上は検証しようがないから、何とも言えないが。
何にせよ、件の薬にも色々な成分が混ぜ込まれてしまっている為、このまま使い続けるのは危険だろう。
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