第三話 まさか、こんな異世界の森で職場の知識が役に立つなんて


「……ま、怪我も無かったようだし、ユアのことを思ってここまで来たんだろ?」

「う、うん」

「にゃはーん、いじらしいにゃアキマル。初犯にゃし、今回はこの辺で勘弁してやるにゃ。でも、次に危ないことをしたらお尻ペンペンの刑だからにゃ! シナモンのお尻ペンペンは痛いにゃよ! ハルトも大泣きしたくらいにゃっ!」

「泣いてねーよ!? ていうか、されたこともないだろが!」


 ふふんと得意げなシナモンに、ハルトがぎゃんと吠える。こってりと叱られたにも関わらず、いつも通りの様子に戻った二人に和んでしまう。

 いや、滅茶苦茶へこんでいることには変わりはないんだけども。


「ごめん、二人とも。でも、助けてくれてありがとう。ところで、今朝言ってた仕事の方はどうしたの?」

「ああ、あっちはバックレてきた。元々志願者が多かったから、おれ達二人が居なくても特に問題はねえさ」

「そ、そうなんだ。ごめん、俺のせいで」


 うう。他人の、しかも友人達に迷惑をかけてしまったという事実に胃が痛む。脱力しきった身体を叱咤し、両足に力を込めて何とか立ち上がる


「もうそれは良いって。ま、金目当てに参加しようと思ってたくらいだから何ともねえさ。むしろ、ジョナンの仕事なんて何か胸糞悪いし。行かなくて良かったと思ってるくらいだ」

「報酬の良さに鼻の下を伸ばしてたのは誰かにゃ? かにゃ?」

「えっ、そんなヤツ居るの? 何それ、初耳ぃー!」

「ジョナンって……え、そうなの?」


 そういえば、ジョナンはエステレラの治安維持や守衛体制の管理を担っているのだとか。ううむ、そんな風には見えなかったけど。


「そうにゃ。ジョナンはたまに魔物退治で人を集めては、結構高めの報酬を渡しているんだにゃ。ユアの借金のこともあるけど、シナモンはジョナンのこと、イマイチ好きじゃないにゃ!」

「そうだなー。ここだけの話、ジョナンってそんなに評判良くねぇんだよ。普段はあんまり街に居ねぇみたいだし、魔物退治も定期的な点数稼ぎっていうか、アピールみたいなもんだ。魔王陛下に、ちゃんと仕事やってますよーってな」

「そ、そうなんだ」

「あんなヤツに重役を任せてるなんて、陛下もどうかしてるにゃ!」


 ぶつくさと文句を垂れるシナモンとハルト。明丸も好きになれないタイプだと思ってはいたが、同じ魔族である彼らも同じことを考えていたとは。

 人間と魔族って、やっぱり大して違わないのかも。


「あいつの悪口なんて言ってたって仕方ねぇよ。とりあえず、もう帰ろうぜ?」

「ワイルド・ボアはどうするにゃ?」

「うーん……片方だけ持って帰るか。肉屋とかに売れば、それなりの値段になるだろうぜ」

「え、これ……売れるの?」


 ハルトが膝を着き、慣れた手付きでイノシシ――ワイルド・ボアっていうらしい――の足を縄で槍の柄に括り付ける。その槍って、そういう使い方も出来るのか。


「当たり前だろ? こう見えて結構美味いんだぜ、コイツ。牙とか毛皮も丈夫だから、武器とか防具にもなるんだぞ」

「な、なるほど」

「もう片方は、森の住民にお裾分けだな。魔物の中には毒持ちだったり、とにかく臭かったりするやつも多いけど……命を奪ったんだ。使えるヤツは、出来るだけ有効利用しないとな」


 イノシシごと槍を担いで、軽々と立ち上がるハルト。凄い力持ちだ。それに、生き物を大事にする彼の考えは好感が持てる。

 ……これで百合好きじゃなければ、普通のイケメンなのに。


「にゃふふー。今日はイノシシ鍋とステーキとトンカツパーティーだにゃ! それじゃあ行くにゃん二人とも、ユアが待つ薬局へ堂々と凱旋だに――ふぎゃあ!?」

「し、シナモン!?」


 アキマルもリュックを背負い直し、二人と共に籠と図鑑を手に帰路につこうとした、その時だった。毎度の通り、ナイフをしまってくるくると躍っていたシナモンが、盛大に転倒したのだ。草に足を引っ掛けてしまったのだろうか。

 草むらへ一直線に、うつ伏せに倒れ込んだシナモン。明丸が慌てて駆け寄り、彼女の前に膝をつく。ハルトもやれやれ、と溜め息を吐きながら歩み寄った。


「大丈夫、か? 怪我とか、してないか?」

「全く、お前はよく転ぶよなぁ」

「いたた……うー、鼻打ったにゃあ」


 半べそになった顔面を擦りながら、シナモンがふらふらと立ち上がる。良かった、大丈夫そうだ。明丸がほっと安心しかけたのも束の間だった。

 一歩、二歩と歩いて。シナモンは再びぺたんと座り込んでしまう。


「お、おいシナモン? どうした?」

「ふえーん! 足が痛くて歩けないにゃー!」


 右の足首を擦りながら、シナモンがわんわんと大泣きし始める。どうやら右足を負傷してしまったらしい。

 ……そういえば、こういう時の為の講習を受けていたような。


「おいおい、マジかよ」

「うわーん! 足の骨が折れたにゃー! もう歩けないにゃー! 可愛そうなシナモンはこのままここで魔物達に食べられて骨だけになって、土に帰って名もなき綺麗な花を咲かせる運命なのにゃー!! びええーん!」

「……はあ、仕方無いな。アキマル、シナモンのこと背負えるか? 無理そうなら、おれが抱えて行くけど」

「いや、大丈夫。俺が背負っていくよ」


 幸いにというか、何というか。シナモンはかなり小柄なので、リュックを前に抱えるようにして担げば、彼女を背負っていくことくらい可能だろう。

 でも、その前に。


「先に、応急処置した方が良いかも」

「応急処置?」

「少しだけど、立って歩けたところを見ると骨折はしていないと思う。多分捻挫かな。靭帯が不自然に伸びた状態だから、悪化しないように早めに固定しておかないと。あ、シナモン。そのナイフ貸して」

「は、はいにゃ!」


 リュックからタオルを取り出し、シナモンから借りたナイフで細く包帯状になるように切り裂く。そして、シナモンの靴を脱がし足首をきつめに固定するようにタオルを巻き付けた。

 病院で働く者は、定期的に様々な状況における対応の講習を受けることが義務付けられている。AEDや心臓マッサージなどなど。これもその中の一つ、RICEライス処置というものだ。

 安静、冷却、圧迫、挙上。それらの頭文字を取って、RICEだ。まあ名前なんてどうでも良い。とりあえず、安静と圧迫はこれで確保出来ただろうか。冷却と挙上は、後回しだ。


「よし、ちょっと不格好だけど。とりあえず、街に戻るまではこれで我慢してくれ。薬局まで戻ったら、ちゃんとした包帯に変えてユアさんから湿布薬を貰おう。悪化さえしなければ、一週間くらいで治ると思うよ」

「へえー! アキマル、よくそんなこと知ってたなぁ?」

「はわにゃー……! ちょっと痛くなくなったにゃ! アキマル、ありがとう!」


 さっきまで泣きじゃくっていたくせに、すっかり笑顔になったシナモンにほっと安堵した。良かった、少しは役に立てたようだ。


「あはは。さっき助けてくれたお礼だよ。それじゃあ、シナモン。おんぶしてあげるから、おいで。あ、悪いけど靴は自分で持ってくれる?」

「はーいにゃ!」


 背中に飛び付いてくるシナモンを背負い、若干ふらつきながら立ち上がる。うーん、重くはないけど結構な重労働かもしれない。

 でも、なんか懐かしい。


「おー! ハルト程じゃないけど、視界が高いにゃ! シナモンもいつかこれくらい大きくなりたいにゃーん」


『すっごーい! おにーちゃんが見てる景色だー! あきやも早く、おにーちゃんみたいに大きくなりたいなー』


 ああ、そうだ。明弥も似たようなことを言っていたな。あの子はどんな玩具やゲームよりも、明丸にこうしておんぶして貰うのが好きだった。


「……なあ、アキマル」

「うん? 何、ハルト」


 隣に並ぶハルトの方を向いて。ニヤリと笑う彼に、思わず首を傾げる。


「お前さあ、やっぱり自分に出来ることをした方が良いと思うぞ」

「え?」

「もちろん、バイトとか薬草採りも大事だと思う。でも、アキマルにはアキマルにしか出来ないことがあるんじゃねぇか? おれ達には無い、そういう専門的な知識がさ」


 思わず、目を見開く。彼が言いたいことはわかる。でも、


「……俺が持ってる知識は、本当に大したことじゃないんだ。素人に毛が生えた程度のもので、きっとユアさんの方が詳しいと思う」

「それでも、他人からの意見って結構大事だぞ。誰かから言われなきゃ気がつかないことって、結構あるじゃん? それも、自分が正しいと信じきってること程、誰かが言わない限り欠点を見つけることも出来ないし、直そうだなんて考えられないんだ」

「でも……ユアさんはユアさんなりに頑張ってるし、変な文句で傷付けたくない。嫌われたくないんだ」


 そうだ。結局は、その一心だった。ユアに嫌われたくない。全く知らない世界に来て、最初に助けてくれた彼女に拒絶されるのが怖いのだ。否、彼女だけではない

 ハルトにも、シナモンにも。誰かに嫌われることが、明丸にとっては何よりも恐ろしいことだった。


「にゃにゃ? ユアはその程度のことじゃ、誰かをキライになったりしないにゃ」

「で、でも……ユアさん、一生懸命だし」

「一生懸命だからこそ、薬のことで怒ることもお前を嫌うこともないと思うぞ」

「万が一にもユアが怒ったら、シナモンがアキマルの味方になってやるにゃよ。それに、アキマルも言いたくて言いたくてウズウズしてるんじゃにゃいかにゃ?」


 顔に出てるにゃ! 足をぷらぷらと揺らしながら、シナモンが言った。どうしてだろう、二人に背中を押して貰っただけで、今まで恐れていたことが何でもないことのように思えてしまう。


 ……そうだ。その通りだ。


 言ってみる価値は、あるかもしれない。


「それじゃあ、さっさと帰ろうぜ」

「おー! さあ、キビキビ歩くにゃ、アキマル! ハイヨー!」

「ははは、わかったわかった」


 ハルトと並んで、歩く。心無しか、視界がいつもより明るく照らされているように感じながら、三人はルサリィの森を後にした。

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