第五話 情けは人の為ならず?
「っていうか、頼まれたからって店を放り出して他人の手伝いとか。流石に、ユアも人が良すぎるんじゃね?」
ユアの自宅のダイニングで、四人は優雅なティータイムを過ごすこととなった。いつもは二人しかいない空間に、もう二人加わわるだけでも随分賑やかになる。
四人掛けのテーブルには、冷たいお茶が入った四人分のグラス。それから中央にはカルラのクッキーと、ユアが手伝い先から貰ったというチョコレートや飴が置かれている。
「ええ? そんなことありませんよ、普通です」
「でもよ、アキマルと二人で本気で借金返すんだろ? それなら、薬局を繁盛させることが一番重要だと思うけどな」
お茶をストローで啜りながら、ハルトが言う。彼が言うことはもっともだ。明丸がいくらバイトをしようと、ユアが頑張って節約をしようとも。薬局の経営は思っていた以上に費用がかかると知った。
薬の材料になる薬草、薬を入れる容器や包装代など。他にも色々あるが、生活費と合わせるとどう足掻いても赤字だ。
「そうにゃ! ユアは優しすぎるにゃ! それがユアの良いところでもあるけどにゃ」
パクパクとクッキーやチョコを食べながら、シナモンが喚く。ついさっき、サンドイッチを大量に胃に収めた筈なのに。甘いものは別腹というやつだろうか。
「うーん、それはそうなんですけど。でも……困っている人を放ってなんていられませんし」
「ユアはどうしてそんなに親切なのにゃ? お金が貰えるにゃらまだしも、タダでそんなに他人に尽くすこと無いと思うのにゃ」
「それ、おれも前から気になってた。お前さ、たまに近所の人にタダで薬をあげてるらしいな? 何でそこまでするんだよ」
シナモンとハルトが食い下がる。確かに、ユアは優しいし親切だ。誰にでも、分け隔てなく接することが出来る。それは、少なくとも明丸には出来ないことで、心の底から凄いと思う。
でも。見方を変えれば、彼女の行動は異常だ。
「……私はただ、お父さんの教えを守っているだけです」
「教え?」
「困っている人、助けを求めている人、傷ついて苦しんでいる人を絶対に見捨てない。見て見ぬふりをするような人になってはいけない。他人にした良いこと、悪いことは必ず自分に返ってくる。だから、周りの人にはいつも優しくしなさい……って」
目を静かに瞑り、祈るように手を組んでユアが言う。わあ、何この人聖女? やっぱり天使?
……と、感動してばかりではいられない。
「はあ。だからと言って、自分の店を放り出すなよ」
「はう……だって」
「さっき、客っぽいのが店の中を覗いてたけど、そのまま帰っちまったのも見たしな。せめて、営業時間中は店番してた方が良いんじゃねぇのか?」
「ええ! そ、そうなんですか?」
ハルトの言葉に、驚くユア。そうだ。営業中であるにも関わらず、店に誰も居ないだなんて。商売を担う者からすれば、言語道断だろう。
先程の厚着の人物が、本当に客だったのかどうかはわからないが。客を逃してしまうだけではなく、下手をしたら盗難などの事態も起きかねない。
「このお店はユアの宝物だにゃ? 宝物なら守らなきゃダメにゃ。このままだと、ジョナンに取り上げられちゃうにゃ!」
「うう。気を付けます」
「口うるさい妹に叱られるのんびり屋のお姉さん……うっ」
「ハルト、自重して」
ああ、思わずツッコミを入れてしまった。凄い、何この敗北感。
「せめて、材料費くらいは稼がにゃいと。シナモン達が薬草採り手伝ってあげてても、全部がタダってわけにはいかにゃいにゃ?」
「うう、そうなんですよね。今はまだ、先日シナモンさん達と採りに行ったり、カルラさんから貰った物があるので何とかなっていますが。それが無くなったら、また採りに行くか買わなければいけなくなりますし」
「……あれ? 薬草って、どこかで採れるところがあるんですか?」
聞くことだけに徹していようと思っていたものの、思わず声に出してしまった。はい、とユアが明丸の方を見て頷いた。
「種類は限られますが、エステレラの近くにある『ルサリィの森』ではとても質が良くて多くの薬草が採れるんですよ?」
「ルサリィの森……それって、確か」
「そうにゃ、アキマルが行き倒れてた森にゃ!」
にしし、と嫌味ったらしくシナモンが笑う。行き倒れてたというよりは、落下してそのまま気を失ってしまっただけで。
どんな森か、想像出来ない。
「あの森は自然豊かでな。食用の木の身とか、花とかもたくさん採れるんだ。街の人も結構よく行くんだぜ?」
「へえ……」
「薬草を採るのはユアとか、行商人くらいだからな。しかも今の時期は、そこら中にわんさか生えてるんだ。採り放題ってやつだな」
「今度、アキマルも付いて来るにゃ! そして、今度こそ薬草どもを根こそぎ採って、ルサリィの森から全滅させるにゃ!」
「ひい! 止めてください、シナモンさん! 私、お薬作れなくなってしまいますぅ」
「いや、ていうか無理だろ。草の生命力を舐めんな」
拳を高々と突き上げるシナモンに、慌てるユアと呆れるハルト。何とも穏やかな時間だ。
今までの人生では持てなかったものが増えていくことに、明丸は嬉しさに笑みを零さずにはいられなかった。
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