第四話 果たして、一体どちらが不審者になるのでしょうか?


 エルの庭で昼食をご馳走になった後、明丸はハルト達と共にカナリス薬局へと向かっていた。

 だんだんと傾く日差しがじりじりと熱く、夏が近づいていることを感じる。


「うう、あっつい……俺、暑いの苦手なんだよなぁ」

「わかる。おれも雪国の出身だからさ。でも、この街はどこでもいつでも風が吹いてるから、まだマシだよな」


 思わず手で顔を仰ぐ明丸に、ハルトが大きく頷く。隣に並んで歩く彼を見ていても、やはり義足であることはわからない。

 へたん、と垂れ下がる尻尾と三角耳はわかりやすいのに。ついでに、左手に持っている槍は重くないのだろうか。


「にゃっふー! カルラの手作りクッキー貰ったにゃーん。これでユアと優雅にお茶会にゃー!」


 だれる男達を放って、一人でご機嫌にスキップするシナモン。帰り際にカルラから貰ったクッキーが心底嬉しいらしい。 


「……若いな、十代」

「わかる。見せつけられるよな。猫妖精ケットシーも暑さには弱い筈なんだがな。やっぱり、若さって偉大だよな」

「……けっとしー?」


 何だろう、何かゲームとかで聞き覚えがあるワードだ。何だったか、日差しで焼かれる頭では思い出せそうにない。


「お、やっぱりわかってなかったか。シナモンな、あれでも猫妖精なんだよ。普通の猫妖精は毛むくじゃらなんだが、あいつは突然変異で人間に近い姿になっちまったんだと」

「へ、へー。そうなんだ、全然気がつかなかった。ふーん、妖精猫ねー!」


 危ない危ない、種族の話だったか。そうだ、思い出した。昔遊んだゲームで、二本の後ろ足で立って喋る猫のキャラクターが居た。あれが確か猫妖精という種族だった気がする。本物も、きっとそんな感じなのだろう。毛むくじゃらって言ってるし。

 でも、シナモンは明丸が知っている猫妖精とは全然違う。体格こそ小柄だが、見る限りは普通の獣人の女の子だ。


「おれみたいな『人狼』もそうだけど、最近は魔族の突然変異が増えてるんだってな。人間の事情にまだ疎いから、よくわかんねぇんだけど……人間でもそういう変異とかってあるのか?」

「え、さ……さあ? 俺は、知らない」


 三日前に空からこの世界に蹴落とされたばかりの人間に聞かないでください。


「そうか。人狼も昔はさ、誰でも狼と人の姿を自在に変化出来たんだぜ? 今は、それが出来る方が珍しいくらいだってのに。それもこれも、魔界と人間界が繋がったせいで、魔力が薄まったからだってジジイ達は騒いでやがるんだよ。人間と友好条約なんか結んだ魔王が悪いって。アキマルは、どう思う?」

「な、何が?」

「だから、魔界と人間界が繋がったこと。人間界にも魔物が増えたし、魔族は力を失いつつある。双方の生活レベルは格段に上がったが、失ったものも多い。お前は、おれ達のような魔族とは知り合わなかった方が良かったと思うか?」


 ハルトが立ち止まって、明丸を真っ直ぐに見る。だから、三日前にこの世界に来たばかりなんですけど! なんかもう、いっそぶっちゃけようかとも思ってしまう。

 でも、彼の真剣さを揶揄するようになってしまうだろうし。


「えっと……難しいことは、よくわからないけど。俺は、ハルトやシナモン、あと……他の魔族の人達に出会えて、良かったと思うよ。自分と隣の人が違うのは、当たり前のことだし。変化は良いことばかりじゃない。だから、足りない部分は補い合って、皆で仲良く出来たら良いな」


 誰かと争うことが苦手で、テレビで格闘技を見るのも無理なのに。もしも身近な場所で喧嘩とか戦争が起きたら絶対に生きていけない。もっと言えば、こうして見て知った人達と争うことになるだなんて考えたくない。

 それに、あの金切り声のクソババアなら知り合いたくなかったが。こんなに暖かな気持ちにしてくれる友人達と知り合えなかったらと考えると、寒気さえ覚える程に怖い。


「……あはは! アキマル、お前って良いやつだな!」

「え、そ……そう?」

「おう、気に入った。何か困りごとがあったら言えよ。友達なんだから、出来る限り協力するからよ」


 ニッと人の良い笑顔。どうしよう、眩しい。間違えた、嬉しい。こんなに良いやつと友人関係を築けるなんて。


「生き還って良かった……!」

「え、何……アキマルってゾンビなの?」

「ねーねー。ハルトー、アキマルー。なんか、薬局の前に変なヤツが居るにゃー」


 不意に、明丸達よりも大分先を歩いていた筈のシナモンが不安そうな面持ちでトコトコと戻ってきた。

 クッキーが入った包みを大事に抱えながら、店の方に指を差す。


「うん? 変なやつ?」

「ほらほら、あそこ。こんなに良い天気なのに、モコモコに着込んでるヤツがいるにゃ!」


 明丸とハルトが、シナモンが指差す方を見やる。薬局はもうすぐそこなのだが、確かに妙な人物がそこに立っていた。

 汗ばむ陽気であるにも関わらず頭には白いニット帽、首に白いマフラーを巻いて、手袋まではめている。体格は明丸よりも小柄だが、顔が良く見えないので年齢どころか性別すらもわからない。


「…………」


 店の様子を窺っているのだろうか、無言でじっと中を見つめている。服装のせいか、それとも雰囲気のせいか。まるでその人物だけ世界から浮き上がっているように感じる。


「な、何だあれ……確かに、変なやつだな」

「下手な不審者より怖いにゃ! おいアキマル、話しかけてくるにゃあ!」

「え、俺!?」

「そうにゃ! アイツ、薬局の中を覗いてるのにゃっ。それにゃら、アキマルが話しかけるのが当然にゃ!」


 マジかよ、コミュ障なのに! でも、あそこに居るってことは……シナモンが言うように、万が一にもお客さんって可能性もある。

 仕方がない、ここは腹を括るしかない。明丸は一度大きく深呼吸をしてから、意を決し――


「…………」

「あ、ありゃりゃ? 行っちゃったにゃ」


 明丸が声をかけようと、一歩踏み出したものの。謎の人物は俯き、そのまま明丸達が居る方とは逆の方へと足早に立ち去ってしまった。

 思わず、三人で顔を見合わせる。皆同じような困惑顔だ。


「……えっと、何だったんだろうな」

「さ、さあ?」

「変なヤツとは関わらない方が良いにゃ」

「あら? アキマルさんに……ハルトさんと、シナモンさんじゃないですか」


 こんにちは。三人の背後から声をかけてきたのは、ユアだった。ひらひらと手を振りながら、駆け足でこちらに寄ってくる。


「おーっす、ユア。今日も元気そうだな」

「おっす、ですハルトさん。皆さん、もうお知り合いになられたんですね!」

「あれ、ユアさん。今日は一日お店に居るって言ってませんでしたっけ?」

「そのつもりだったんですけど……アンナおばあさんから、お庭の草むしりを手伝って欲しいってお願いされたので。張り切って手伝って来ました」


 なるほど。良く見れば、彼女のスカートの裾が若干土で汚れている。手には土塗れの軍手が握られており、彼女もずっと外に居たせいか火照ったような表情をしている。

 もしかして、さっきの人物は店主が留守だから帰ってしまったのだろうか。


「そうですか、そういえばウーヴェさんからまた差し入れを頂きましたよ」

「まあ! ありがとうございます、アキマルさん。今度ウーヴェさん達にお礼を言わなければなりませんね」


 明丸から包みを受け取って、満面の笑みを浮かべるユア。それになぜか対抗心を燃やしたらしいシナモンが、明丸との間に割り込んでユアにクッキーの包みを見せびらかした。


「にゃにゃ! カルラからもクッキー貰ったにゃ! シナモンが貰ったにゃよ。ユア、見て見てにゃん」

「まあ、カルラさんはお菓子作りの名人ですからね。羨ましいです、シナモンさん」

「ふっふーん。そうにゃ、そうにゃ? 仕方にゃいにゃー、特別にユア達にも分けてやるにゃ」

「本当ですか! ありがとうございます、シナモンさん。それでは、すぐにお茶を淹れますね?」


 まるで姉妹のようにじゃれ合う女子二人。うーん、女性というのはどの世界でも変わらない。華やかで、微笑ましい様子はどうにも立ち入れそうにない。


「あはは……あの二人って仲良いな。なんか、姉妹みたいに見え……ハルト?」

「良い……やっぱり、良い」


 まるで絵画か彫像でも品評するような鋭い目付きで、ハルトが何やらぶつくさと呟く。


「あ、あのー。ハルトさーん?」

「美人でおっとりほんわか系のお姉さんと、わがままで甘えたない妹系女子。しかも猫耳尻尾付属……無理、尊い」

「あ、駄目だコイツ百合豚だ」


 前言撤回。この男と友人になるの、不安。

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