第五話 これ罰ではなくご褒美では? ド鬼畜天使、間違えたのでは?


 ユアと共にエルの庭を後にしてから、しばらく。再び街を案内して貰いながら、二人は小高い場所にある公園へとやって来た。広い敷地の割に遊具の類は少なく、どちらかというと大人が仕事の合間に休憩する場所、といった雰囲気に近い。


「すっげ……ここ、とんでもなく景色良いですね」

「ですよね! この公園はお店からも近いので、よく息抜きに来るんですよ」


 穏やかに波打ち、深い紺碧の海を二人で眺める。公園の入り口で売っていたジュースはエステレラの名物の一つだとかで、ユアに奢ってもらったものだ。名前はわからないが、柑橘系の爽やかな甘酸っぱさがとても美味しい。

 ……とりあえず、自分で自由に使えるお金を稼がなければ。このままユアのヒモ生活だなんて、流石に嫌すぎる。


「アキマルさんのおかげで、久し振りにゆっくりした時間を過ごせました。いつもはお薬を作るだけで、一日が終わっちゃう時もあるので。ふふっ、ありがとうございます」

「いやいや、それはこっちのセリフですよ。ユアさんのおかげで、何とかこっちの世界で生きていけそうです」

「こっちの世界?」

「あ、いや……あ、そういえば。この新聞、まだ読んでなかったなー!」


 うぐ、やり難い。明丸は誤魔化すように近くのベンチに座ると、一旦ジュースを脇に置いて脇に挟んでいた新聞を広げる。エルの庭でトマスが押し付けてきたものだ。

 そのまま置いて来ようかと思ったが、やはり世情を知らないと何かと不都合なことも起こってくるだろう。

 それにしても、スマホでネットニュースばかり読んでいたからか新聞というのはとても新鮮だ。


「何々……新たな金鉱山の発見。それから国王城の修復工事の着手、魔界との貿易協定の改訂案、新たな魔王の真の顔とは……お、さっきトマスさんが言ってたのはこれか?」

「アキマルさん、私にも見せてください」

「は、はい。どうぞ」


 ジュースと薬草が入った紙袋を手に持ったまま、隣に座ったユアにも見えるように新聞を広げて。触れ合う程近づいた距離に、ほんのちょっとだけドキドキしつつ。


「え、えーっと……昨年戴冠式を行い、正式に玉座を授かった魔王セト・ジル・ティアレイン。彼は人間界に赴く時はもちろん、魔界でも人前で素顔を見せることはまず無いとのこと。常に真珠色の仮面で顔を覆っており、表情と呼べるものは時折目元から覗く蒼い双眸のみ。代々魔界の頂点を担う魔人族は能力だけではなく、容姿にも秀でた者が多い。特に銀の髪を持つ魔王セトは、二百年前に人間界との友和条約を結んだ名君、魔王ジル以来の逸材と期待されており……」


 どうしよう。書いてあることが全然頭に入って来ない。小説? 今、俺が読んだの小説かな? 改めてもう一度頭から、じっくり読み直そうとするもユアがそういえば、と口を開いた。


「セト様は、確かにずっと仮面を付けていらっしゃるそうです。きっとお美しいでしょうに、何だか勿体無いですよね。恥ずかしがり屋さんなのでしょうか」

「美しい? 魔王セトは男だって書いてありますけど」

「いえ! 『魔人族』の方々は性別関係なく皆さんお美しいのです。魔界の芸術の一つとも謳われる程なんですよ?」


 何故だか鼻息を荒くするユア。彼女と新聞によると、どうやらこの世界は『人間界』と『魔界』の二つで成り立っているらしい。

 街で見かける魔族は元々魔界に住んでいた人達で、その中でも能力、容姿が特に優れた魔人族という種族から魔王が選出されるらしい。


「へえ……確かに、白黒写真ですがとんでもないルックスですね」


 新聞の一面にでかでかと貼られた一枚の写真にどうしても目が留まる。腰まで届く髪をゆるく三つ編みに結い、黒衣に身を包んだ人物。人間にとても近い見た目だが、彼こそが魔王セトとのこと。確かに、顔は白い仮面で覆われておりかなり不気味だ。

 でも、どうやら相当背が高いらしい。すらっとした体躯に、しなやかに伸びる手足。細身ではあるが、脆弱さは窺えない。なんていうか、顔を隠していても格好良いのが伝わってくる。

 これは、確かにどんな顔をしているのか気になってしまう。


「魔王セトはまだ二十歳になったばかりだが、かつての名君を思わせる美しい銀の髪 と質の高い魔力は今後の活躍を期待させる。しかし一方で、彼が仮面が人間に対して差別や嫌悪の現れではと訴える者も少なくない」

「皆さん、考えすぎだと思います。きっと、恥ずかしがり屋さんなんですよー」


 暢気にストローを咥え、こくこくとジュースを飲むユア。事情はまだよくわからないが、とりあえずこの異世界はラノベやゲームみたいに勇者が命をかけて魔王を倒しに行く、というお決まりのハラハラ展開 になっているわけではないらしい。

 このセトという魔王が変なことを考えていなければ、の話だが。ユアが言うように、ただの恥ずかしがり屋であって欲しい。


「とりあえず、街のご案内はこのくらいにしておきましょうか。どうですか、アキマルさん。エステレラ、良い街でしょう?」


 他の記事も一通り流し読みを終えたタイミングで、ユアが笑顔で問いかけてきた。明丸は新聞を折り畳みながら、素直に頷く。


「ええ。景色も綺麗で、ご飯も美味しくて。それに、街の人が凄く優しくて。俺が住んでた街とは比べ物にならないくらい良いところです」

「本当ですか? えへへ、何だか嬉しいです。自分が生まれ育った街を褒めて貰うのって、嬉しい反面何だか照れ臭いですね」


 頬をほんのり赤らめて、はにかむユア。ウッ、可愛い。


 でも、ふと思う。


『テメェには二つの罰を与える。一つは、人生をやり直すこと。そしてもう一つは、二度と元の世界には戻れないことだ』


 サリエルの言葉が蘇る。明丸に与えられたという、二つの罰。人生をやり直すこと。それは、何となくわかる。

 でも、二度と元の世界には戻れない、とは一体どういう意味だ? それが、どうして罰になるんだ?


「私、男の人のお友達って少なくて。だから、アキマルさんとお知り合いになれたことが嬉しいんです。これから仲良くしてくださいね、アキマルさん!」


 あんな世界になんて、二度と戻れなくて良い! じーんと震える胸に、明丸は今までの人生で一番の幸せを噛み締めることにした。


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