第四話 えっ、この世界って魔王が居るの?


「アキマルさん。カレーとパスタ、半分こしましょう?」

「良いですよ。それにしても、カルキノスって何ですか? なんか聞き覚えの無い食材が多いです……ね」


 しまった。と思った瞬間には全て手遅れだった。そうだ、ここは異世界だ。知らないものがあって当然だろうに。どうしよう、変に思われないだろうか。恐る恐る、ユアの顔を窺う。

 でも、どうやら杞憂だったらしい。


「あ、そうですね。他の街の方から見れば、珍しいですよね。この街は界境沿いなので、こういう『魔界』の食材もたくさん食べられるんですよ。ちなみにカルキノスは、とても大きなカニさんです」


 意外にも、ユアはパスタを丁寧に取り分けながら平然と答えてくれた。良かった、変に思われなくて。あと、『大きなカニさん』って言い方が超可愛い。

 ……いや、ちょっと待て。さっきから気になってたけど、穏やかじゃないワードが聞こえてきた気がする。出来ればスルーしたかったんだけど。


「ま、魔界って……あの、魔物とか、魔族とかが居る?」

「はい、そうですよ。この街、魔界に一番近いんですよ。だから、魔族の方も多いでしょう?」


 ユアがちらりと、店内に居る女性グループを見やる。駄目だ。もう認めるしかない。思わず、明丸は頭を抱えた。

 グループの女性達だけではない。道行く人も、先程ユアに声をかけてきたおじさん達の何人かも。皆、耳が尖ってたり獣耳だったり翼や尻尾が生えていたりするのだ。

 彼らがいわゆる『魔族』なのだろう。ということは、だ。


「あ、あの。とても、変なことを聞きますけど……もしかして、『魔王』も居るんですか?」


 サリエルは言っていた。ラノベ知識で補完しろって。ならば、魔界という場所には魔王が必要不可欠だ。

 そして、魔王とは人間界の村を焼き払ったりお姫様を攫ったりととにかく滅茶苦茶で人間には脅威であると決まっている。


「へ? 当たり前じゃないですか」


 嫌ですねー、アキマルさん。何を言ってるんですか。笑顔のまま、明丸の希望をぶち壊してくるユアに、泣き崩れるかと思った。

 マジか。何それ怖い。


「去年、『セト様』の即位式を盛大に行ったばかりじゃないですか。凄かったですよね。魔界だけではなく、人間界まで一か月はお祭り騒ぎでしたから」

「そ、そうでしたっけ?」


 あれ、何か様子がおかしい。普通、魔王って聞いたら顔面真っ青にして震えながら恐れ戦くんじゃないの?

 勇者とか、そういう強い人が仲間を募って倒しに行くのが鉄則じゃないの?


「おい、さっきから聞いていれば……そこの若造、随分と世間知らずじゃな」

「へ?」


 思わぬことに、テラス席に座っていた老人から声をかけられた。老人は立ち上がり、こちらに歩み寄ってくる。

 そして、持っていた新聞でぺしんと頭を軽く叩かれてしまう。


「うわわっ」

「あ、アキマルさん! すみません、トマスさん。この人は――」

「ふん。最近の若造はなっとらん。これをくれてやる。無知であることは恥だと知って、新聞くらい読む習慣を付けるんじゃな」


 それと、トマスと呼ばれた老人がユアを見やる。


「今の魔王を変に持ち上げるのは止めるんじゃ。魔王セトは人間に反旗を翻す算段をしているに違いない。不気味な仮面なんかを付けて、。ユア、お前は最近魔族の冒険者と一緒に居るようじゃが、早々に縁を切った方が良い」

「なっ、ひどいです! ハルトさんもシナモンさんも、とてもお優しくて親切な方なんですよ!?」

「ふん。警告はしたぞ」


 そう吐き捨てて、トマスは店を後にした。少し折り目がついた新聞を明丸の頭に残して行ったが、本気で読めということか。


「えっと、気にしないでください。トマスさんはご近所に住んでいる方で、元々王国で兵士さんだったからか、少し頑固というか……その」

「いえ、大丈夫ですよ。こういうの、結構慣れてますので」


 新聞をテーブルの隅に置いて、明丸は笑顔を向ける。病院で働いていれば、よくわからない説教やこじつけのような難癖を付けてくる患者は毎日のように居るのだ。

 これくらいは、なんてことない。


「そうですか。じゃあ、とりあえず冷めないうちに頂きましょう」

「はい、頂きます」


 二人同時に、手を合わせて。この動作は共通なのかと、何だか妙な安堵を覚えた。



「よう、お二人さん。どうだった、新メニューは」

「はい! すっごく美味しかったです! ね、アキマルさん?」

「ええ。本当に全部食べられました、満腹です」


 ベルトがきつくなる程パンパンになった腹を擦りながら、感想を聞きに来たウーヴェとカルラに完食を伝えた。こんなに美味しい食事を、胃が満杯になるまで詰め込んだのはいつぶりだろう。

 異世界、特に魔界の食材と聞いて肝を冷やしたが。全く問題なかった。むしろ、前の世界のどんな食事よりも美味しかったくらいだ。


「そうかい? それじゃあ、来月からのメニューはこれで決まりだな!」

「ありがとう、二人とも。味見してくれたお礼に、今日の代金はおまけしてあげるわよ」

「え、良いんですか?」


 一文無しの明丸にとっては願ってもいない申し出ではあるが。ここまで美味しいものをたらふく食べさせて貰っておいて、タダで良いと言われるのは流石に気が引けてしまう。

 そしてそれは、ユアも同じらしく。


「そ、そんなぁ。悪いですよ!」

「良いんだって。こういう時は、素直に甘えるもんだ」

「そうよ、ユアちゃん。わたし達、美味しいご飯を食べさせてあげるくらいしか、ユアちゃんの応援出来ないから」


 夫妻に言いくるめられれば、ユアも渋々甘えるしかないらしく。だが、すぐに何か思いついたらしくぱっと表情を明るくさせる。


「そ、それじゃあ。お二人が体調を崩された時は、私もお薬をサービスさせて頂きますね! ご用の時はいつでも、遠慮なく言ってください!」

「ええ? あー、そ、そうだな」

「あ、はは。そうね、ユアちゃんを頼りにさせて貰うわね」


 ウーヴェは表情を引きつらせ、カルラは眉尻を下げて笑う。まただ、またこの感じだ。二回も繰り返されると、流石に気になるというか。

 若干、嫌でも察するというか。


「そ、そうだわユアちゃん。今日ね、香草や木の実を採りに『ルサリィの森』まで行ったんだけど、薬草もたくさん採ってきたの。持っていかない?」

「え? 良いんですか!?」

「もちろん。でも、わたしはユアちゃん程詳しくないから、違う草も混じってるかもしれないけど……貯蔵庫にたくさんあるから、目利きしてくれる?」

「はい、喜んで!」


 手招きするカルラに、ルンルンと付いていくユア。本当に仕事熱心だなと感心する。いや、単純に仕事が好きなのだろう。

 キラキラと輝いている彼女が眩しい。


「……はあ。どうしたもんかね」


 二人が居なくなったところを見計らって、ウーヴェが困ったように溜め息を吐いた。今までの自分だったら、気が付かないふりをしてスマホでも弄ってやり過ごしてしまうのだが。

 残念ながらスマホは無いし、こちらとしても聞きたい事がある。だから、明丸はなけなしのコミュニケーション力をかき集めて、思い切ってウーヴェに声をかけてみた。


「あ、あの。俺、この世界……じゃない。この街に来たばかりで、事情がよくわからないんですけど。ユアさんのお店って、何か問題があるんですか? 皆さん、ユアさんがお店の話をすると決まって気まずくなるっていうか」

「ああ……店っていうよりは、薬の方だな。キルシさん……ユアの親父さんの頃のカナリス薬局は、すげぇ繁盛していてな。どんな病気でも、怪我でも。薬局カナリスの薬があればすぐに治るって有名だったんだ。おれも昔はやんちゃで、怪我ばっかりしてたからな。キルシさんには、よく世話になっていたもんだ」


 でも、とウーヴェが続ける。


「キルシさんが亡くなって、ユアが店を継いでから……薬局の薬はほとんど効かなくなっちまった。まあ、理由はそれ以外にもあるんだが……皆、薬局には寄り付かなくなっちまったのさ」

「そうだったんですか、だから皆さん……あんな態度で」

「ユアが頑張っているのは、皆わかってる。あいつがどれだけ大変な思いをしているのかもな。だから、何とかして助けてやりてぇんだが。この辺りの連中は学がねぇから、何であいつの薬が効かないのかさっぱりわからなくてな。誰か、詳しいやつでも居れば良いんだが」


 両手を軽く上げて、お手上げだと苦笑する。なる程、何となく察してはいたがそういうことだったか。


「それに、ユアには『借金』が……おっと、これはおれの口から話すことじゃねぇか」

「え? 借金?」

「何でもねぇよ。とりあえず、アキマルはユアと年が近そうだからな。仲良くしてやってくれ。飯が食いたくなったら、いつでも来てくれて良いぜ!」


 右手でサムズアップして、ウーヴェが人の良い笑みを浮かべる。明丸は作り笑顔で頷きつつ、心に蟠るもやもやとした迷いに戸惑うしかなかった。

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