第4話 裏の商品

大手のブランドショップが並ぶ華やかな表通りから一本裏の路地に、その店はある。隠れ家バーを思わせる佇まい。置き看板だけが目印だ。

さや香は重い木のドアを開ける。奥のカウンターで、店主の楓が顔を上げる。

繊維の匂い。狭い店内の棚、ラックに、様々なレディース物の衣類がひしめいている。古着店なのだ。

「今日は?」

楓が悪戯っぽい目で笑いかけてくる。さや香より一回り歳上の四十歳過ぎだ。一見、酒場のやり手ママといった容姿だ。

「裏、お願いします」

この言葉を言うのにまださや香は慣れることができない。


楓が分厚いアルバムをカウンターの上に取り出した。

「結構新しいもの入ってるわよ」

さや香はカウンターに歩み寄ってアルバムを開く。

ほとんどの写真はショーツだが、ブラジャーや、ブラウス、スカート、タイツなども。それらが一点ごとに写真に収められていた。写真の脇には例えば「志穂、23歳」という楓の手書きの文字が書き添えられている。写真の衣類を着用していた元の持ち主のことだ。

さや香はアルバムの先頭ページを開く。見開きに、十人ほどの若い女性の全身写真が並んでいる。着用済みの衣類を提供している女の子たちなのだ。

「風子ちゃんも昨日、二枚置いてったよ」

楓に言われてさや香はかあっと顔を火照らせた。一番のお気に入りが風子だということ、風子のショーツが大好きなのだとばれている。

アルバムの情報によれば、風子は「21歳、大学生」だ。肩までの黒髪で丸顔、華奢な体つきの美少女だった。写真では真面目そうな白いブラウスに膝丈のスカートという服装で写っていた。

「じゃあ一枚、お願いします」

声が掠れてしまう。


「裏の商品」の存在を知る者は限られている。紹介者がいないと取り合ってもらえない。さや香にこの店のことを裏の商品を含めて教えてくれたのは、ゆきずりで一夜を過ごした銀行に勤めているという女の子だった。彼女はこんなふうに話してくれた。

店がオープンしたのは三年前。楓さんはもともとファッションが好きで、セレクトショップか古着屋を開くのが夢だった。

商売を始めてすぐ、好みの女の子が古着を持ち込んでくると、ドキドキするようになった。商売そっちのけで、使用済みのブラウスやスカートを弄ぶことを覚えた。注意していると、同類と思われる客が時々いることに気づいた。多くは中年の女性で、その歳では着ないような若めの衣類を購入していくのだ。楓さんは、ははーん、と思った。若い女の子が身につけていた衣類を性的な目的に使う女性が結構いるんだ。

一方で、同性愛者仲間の女性に、率直にどう思うか訊いてみた。するといくつか興味深い意見が得られた。

「もちろん興味がある。できればどんな女の子が着ていたものか知りたい。写真や年齢がわかると良い」

「正直、更衣室などで、こっそり、お気に入りの女性の着衣に頬ずりをしたり、匂いをかいでしまうことはある。バレたら大変だとわかっていてもやめられない」

「自分たち向けに、女子高生の制服を売る店があるといい。眺めているだけでも楽しいし、ちょっと、自分でも着てみたい」

そして何人かはこう正直に言ってくれたのだ。

「やっぱり下着に関心がある。可愛い子が穿いていた下着に」

「以前付き合っていた子の下着を、こっそり拝借したことがある」

「恋人が自分の部屋に脱ぎおいていったショーツを初めて穿いたときの感覚が忘れられない」

古着屋を営んでいて、裏の商売もしようと思っている。そう話すと、買いたいという客も売りたいという協力者も、集まるのに時間はかからなかった。


さや香は大手IT企業でシステム開発をしている。これまでに数人の同性の恋人がいたが、現在はフリーの身だ。30歳を過ぎるといったん恋から遠ざかると聞いたことがあるが、本当なのかもしれない。なにせ仕事が忙しくなり、特定の相手と付き合うということが難しくなる。仕事の面白みもわかってくるころで、20代の頃のように恋愛が一番という気持ちでもなくなってくる。

かといって性的な気持ちが失せるわけではない。むしろ性欲自体は20代よりも強く疼くのを感じる。会社で新人の女子社員に急に欲情してしまい、仕事中にトイレで自慰をせずにいられないこともあった。

そうでなくとも、家までようやく我慢すると、アパートのドアを閉めたとたん、ベッドに倒れこむようにして始めてしまうことも多い。ワンピースを脱ぐのももどかしくストッキングとショーツを脱ぐと、ベッドの下のラックから別のショーツを取り出す。楓の店で買った、風子ちゃんの小さなショーツ。それを自ら穿く。あっ、と声が出る。柔らかいフィット感に甘く包まれる。ゴムの優しい食い込み。風子がこのショーツを穿いて自慰をしていたのだ。どんな風に? こうやってベッドの上で、腰を浮かせてこう? そのうち気分が高まってくると、こんなふうに二つ折りにした座布団を脚の間に挟んだりして。ショーツのクロッチ越しに座布団のざらざらした生地の感触が。気持ち、いい。

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百合小説掌篇集 小口美濃 @hirarion

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