そのサービスは必要? 〜 サブスクリプションの臨界点


今では、かなり多くのソフトウェアが「売りきり販売の製品」ではなく、年間や月額での購読料を支払うことで「利用権」を得る、サブスクリプションモデルに移行している。


これは、サブスクリプション(購読)などという耳に聞こえの良い名称を使っているが、実際には旧来から存在する「リース」と同じような概念だ。


なぜ、あえてリースと言わずに、新聞や雑誌のように予約購読(定期購読)という呼び方をしているかと言えば、単に現時点の最新製品を利用するだけでなく、『将来のバージョンに対価を支払う』ことを含む契約であると見なされているからだろう。


サブスクリプションモデルは、提供する側から見れば、かなりの精度で将来の売上額を予測できる、魅力的な「集金モデル」である。


多くのソフトウェア開発会社が、自社のアプリケーションをサブスクリプション方式で提供しようと躍起になるのも、経営的に考えれば無理はない。

だが、集金する側から見れば『売上げを固定化できる』理想的なシステムであっても、払う側からすれば『利用頻度に関わらず支出を固定化される』厄介なシステムだとも言える。

特に単機能に特化したものほど、その傾向は大きい。


だから、利用頻度が予測できない、あるいは単純に利用頻度が低いソフトウェアやサービスに、サブスクリプションモデルは不適なはずだ。


サブスクリプションモデルでのソフトウェア提供が始まった頃であれば、一回の支払額が小さい=負担が低いと思ってくれる人も多かったはずだが、今では途中で止めることの出来ないランニングコストとして継続し続けることを、みんな理解している。


『不要になったらいつでも止められますよ?』というのは提供者の建前だ。

日常に組み込まれたツールやサービスは、賃貸住宅の家賃や携帯電話の契約なみに、気軽に止めたり再開したり、乗り換えたりできないものであることは百も承知だ。

しかも、滅多なことでは止められないように八方手を尽くしているはずだろう。


(これは、各種オンラインサービスが『解約手続きを煩雑化する』ことによって解約しようとするユーザーの意思を挫く作戦に出ていることからも明白だ。)


個人レベルのランニングコストにおいては、租税関係を除けば賃貸家賃もしくは住宅ローン、水道、電気、ガス、電話、といったところが長年にわたって『不可避な』支出だったが、最近では固定料金化したスマートフォンなどの「ネットワーク費用」が大きな比率を占めるようになった。


さらに、その上で利用するアプリの月額利用料や、音楽・映画などを配信するオンラインサービスも、固定経費として増大する一方だ。


いや、これは私だけの個人的事情では無く、みんなそうだと思う。

なんとなくそういう気がする。


そうですよね?



ただし、サブスクリプションモデルの普及には、明らかに臨界点がある。


人々の収入というか可処分所得には限界点があり、一日に使える時間にも限界がある。

従って、新しく何かを取り入れるためには、これまでの何かを減らすしかないのだが、それは大きなストレスを生む。


携帯電話に「ナンバーポータビリティ」が提供された今となっては、使用頻度の高いソフトウェア/サービスを乗り換えることは、携帯電話のキャリアを切り替えるよりもハードルが高いかもしれない。


そうなってくると、『引っ越しのような面倒はできるだけ避ける』という人々の「惰性」によって、一握りのトッププレイヤーだけが固定収入を得て、新規参入が困難になるという、不可逆な構造をもたらす可能性が高いだろう。


また、現時点ですでにサービスを提供している企業であっても、今後は『人々の月額支払いリミット』の枠から落ちこぼれる企業も次々と現れるだろう。

なにしろ、もしも優先リストの上位に位置する企業の月額料金が値上がりしたら、リストの下位にある企業は弾き出されることになるのだ。


そして、ますます新規参入は困難になっていく。


手段や経緯が何であれ、先にシェアを確保した企業が市場を占有すること、それ自体は、資本主義における当たり前な出来事であるし、別に非難するようなものでも規制するようなことでも無い。

だが、長期的に見た場合には別の問題が発生する。


硬直化した市場はイノベーションを停滞させて進歩を止めてしまうのだ。


考えてみれば、これも資本主義における当たり前の法則に基づくもので、市場を支配してしまったら、その支配者にとっては『イノベーションを起こす必要が無い』のである。

いや、むしろイノベーションは自らの盤石な支配体制を揺るがす「ヒビ割れ」になるかもしれない。早めに芽を摘んでおきたいとさえ思うだろう。


バグとセキュリティ対策以外のバージョンアップは、テクノロジーの進歩や新しいアイデアに基づくのでは無く、売上げデータを分析した上で新規顧客の獲得と既存顧客の繋ぎ止めのタイミングを最適化(平たく言えば話題作り)するために行う。


なにしろ、『固定客』に頼るビジネスは(平穏な日々であれば)一見盤石に見えても、肝心の客層に大きな変化が訪れたときには一気に経営状況が悪化するリスクもあるわけだ。


粛々と、明日も昨日と同じものを提供し、波風が立たないようにする。

それが社会体制でも自由経済における市場でも、支配_している_側マーケットリーダーにとっては同じで、現況を変えないようにする・大きな変化が訪れないようにするのが、なによりである。



まあ、それだけでは未来が暗い話で終わってしまうのだが、もちろん希望はあるし、その希望もテクノロジーに基づくものだ。


このまま「ソフトウェア/オンラインサービス」の必要経費枠が上昇していけば、当然ながら、「そのアプリケーションやサービスは自分にとって不可欠か?」と、人々は真剣に再考するようになるだろう。

その結果として上述のような『ふるい落とし』が発生するわけだが、新機軸を引っさげて登場するイノベーターは、別に大手が寡占しているサブスクリプションモデルに、律儀に従う必要も無いわけである。


現在、サブスクリプションモデルは、格好の現金化手段として多くの企業が飛びついているわけだが、イノベーターは寡占者と同じ土俵で勝負する必要も無く、低コストな企業運営と臨機応変なサービス提供を武器に、ユーザーが求めたときに必要なだけ『オンデマンドで価値を提供する』モデルを取り入れれば良い。


スマホの普及によってネットワーク経由でのサービス/コンテンツ提供が恐ろしく低コストで可能になった今日、従来は提供コストの問題で割に合わなかったレンタル/オンデマンドモデルも、十分にペイできるものになりつつある。


また、オフィススイートのような大がかりなソフトウェアであっても、コード全体はいったんダウンロードして保持しておいて、使用時にキーをアクティベートするやり取りだけなら大した帯域は必要ない。


つまるところ、『サブスクリプションモデルからオンデマンドモデルへの変化』が、今後のイノベーションにおけるトレンドになるだろうと考えている。


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< 自動車の場合、法人が業務用車両を「購入」せずに「リース契約」するケースが多いのは、節税効果も含めて勘案するとリースの方が全体として安く付く場合が多いからだ。また同時に、月々の固定額が発生するリースを選択して、必要な時だけ使う「レンタル」にしないのは、ある程度の利用頻度があれば、当然レンタルの方が高く付くからだ。>


< 昔から『最初の3ヶ月は半額!』といったプロモーションが多く見受けられるのも、サブスクリプションモデルの特徴を表している。提供者は、いったん本契約に持ち込んでしまえば、そのあとは何年も単なる「惰性」で続けるユーザーが多いことを知っている。>


< オンデマンドでのソフトウェア/サービス提供における大きな問題は、細かく分割された課金を扱う支払い方法なのだが、これも(いまはまだ全然ダメだが)いずれは電子決済システムの進化でなんとかなるだろう。>


< 個人的には、上述のオンデマンドモデルを支える『ストレスフリーな少額決済システム』の実現は、同じく限界を迎えつつある「広告駆動型Web経済」を打破する要になるかもしれないと思っている。>

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