スローガラスとワープ航法
ロバート・ショウという作家による、「去りにし日々の光」(原題:Light of Other Days)という、有名な古典SF短編小説があって、その物語のキーになるのは、光の透過に極端な時間がかかる「スローガラス」という架空の物質である。
この物質を使った製品は高級なものほど光の透過に時間がかかるので、例えば3年モノのスローガラスであれば3年間、高級な10年モノのスローガラスであれば10年間分の光を、その内側に保持しているという設定だ。
つまり、10年モノのスローガラスの表面に今見えている『ガラス越しの光景』は、実は10年前にそのガラスの置かれていた場所の向こう側に見えていたはずの(過去の)光景だということになる。
そこでスローガラスの製造販売者達は風光明媚な場所に製造拠点を構え、できあがったスローガラスを枠にはめて、景色の良い場所に設置するのだ。
そして数年の後、それまでは光を通さない真っ黒な板に過ぎなかったスローガラスに向こう側の風景が映し出されはじめて、ようやく売り物として完成することになる。(この時点でスローガラス内には年数分の光が取り込まれている。)
購入した客が持ち帰ったスローガラスを壁に掛けておくと、まるでガラスの向こうが実際にその場所であるかのように、数年に渡って(過去の)景色が時の流れと共に移り変わる様を楽しむことが出来るインテリアになる、というわけだ。
確かに、物質の中を通過する光の速度は真空中よりも低下するが、それにしても窓ガラス程度の厚みを通過するのに10年を要する物質を思い描くとは、ロバート・ショウはかなり破天荒な着想の持ち主だと言っていいだろうと思う。
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さて、SFや天文の好きな方ならピンと来たと思うが、現実世界でスローガラスを経由した風景に最も近いものは、私たちが見上げている夜空の光景だ。
太陽系から最も近い恒星である「プロキシマ・ケンタウリ」で約4.3光年、つまり、約4年ちょっと前に放射された光を見ているわけだし、明るい星として有名なシリウスAなら約8.6光年で、スローガラスでは高級品となる10年モノクラスの光を観測していることになる。
もちろん夜空の場合は、光の通過が遅くなるロマンチックな物質などではなく、単に距離が遠いから届くまで時間がかかるという現象に過ぎないが、過去の光を観測しているという点では似たようなものと言えるだろう。
私自身が小さな子供だったころ、『夜空にひときわ明るく輝く星が数千年前に爆発してしまった超新星であり、いま見えているその光を発した星そのものは、すでに存在していないかもしれない』という話を聞かされたときは、目眩を起こしそうなほどの感銘を受けたものだ。
スローガラスと違って、果てしない星間の距離が引き起こす『観測時間のずれ』は現実的な現象なので、光速航行に伴う「ウラシマ効果」と共に、古今東西の様々なSFで題材となっている。
地球や宇宙船との間で、光というか電磁波が届くまでに長い長い時間がかかることを一種のトリックのように扱い、『過去に起きたことを直接知る』なにかをストーリーに絡めていくわけだ。
もしもワープによる超光速での航行が可能であれば、例えば、数千光年先のどこかにワープ航法で飛び、そこに地球に向けた観測装置を設置する、といったことも出来るかもしれない。
理論上(というか屁理屈上?)は、昔の光景が見たければ、任意の距離まで離れてから超高性能な天体観測装置を対象に向ければ、必要なだけ過去の光景をライブで観察出来るということになる。
もちろん光学装置での観測ではなく、電波望遠鏡的な装置で多彩な電磁波を解析しての観察になるのだろうが、その電波望遠鏡の記録を再生すれば、離れた光年の距離だけ昔の太陽系の姿を観察することが出来る、という訳だ。
例え、その望遠鏡を今から作成するとしても、十分な距離を隔てた場所にワープして行けるのならば、そこから太古の太陽系の様子をライブで観察できることになるし、さらに、その観測装置が宇宙船そのものであるならば、超高速で地球に近づきながら観測を続けることで、過去の時間を早送りするかのような圧縮した観測も可能になるだろう。
たった秒速30万キロ_しか_出ない「光速」を楽に先回りしてしまうワープ航法は、ありとあらゆる面で『即時性』という概念に疑問を投げかけることになり、それは、『過去に遡って追いかけ録画可能なスローガラス』をも実現するかもしれない。
「科学的根拠」に対して大らかだった古典SFでは、上述の『過去を見る望遠鏡』のような道具立てが登場する作品もあったように記憶している。
(まあこういうものは物理学を無視したお遊びの発想なので、笑って許して欲しい。個人的には、恒星間宇宙や異星人との出会いを扱ったSF作品において『ワープ航法(含むワームホール関連)と重力制御の実現性』にとやかく言うのは、ファンタジー作品において『異世界への転生』にツッコミを入れるのと同じくらいヤボな話だと思う。)
そう言えば、おふざけSFアニメの「フーチュラマ」は、超光速航行が実現している西暦31世紀が物語の舞台なのだが、作中で1000光年離れたペルセウス座オミクロン星の人々が楽しみにしている娯楽が、1000年前に地球から放たれた電波を受信することによる『21世紀のテレビ番組のリアルタイム視聴』だったりしていた。
現在の物理学の延長上では、ワープ航法の実現性とスローガラスの実現性はどっこいどっこいな気がしなくも無いのが世知辛い現実だが、個人的には時間と空間のズレなどを上手く扱った話に出会うと、いまでもワクワクするのである。
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< ロバート・ショウ(ボブ・ショウ)は、1966年に出版した上述の短編「去りにし日々の光」で高い評価を得て、さらにスローガラスのアイデアを多方面に膨らませ、その発明者を絡めた事件を綴った長編というかオムニバス短編集的な「去りにし日々、今ひとたびの幻」(原題: Other Days, Other Eyes)を1972年に上梓している。>
< TVアニメ「フューチュラマ(Futurama)」は、20年ほど前から数シーズンに渡って北米で放映されて人気を博したSFシリーズで、やはり有名なTVアニメの「ザ・シンプソンズ」と同じ制作スタッフによるものだ。
アニメそのものは見たことがない方でも、シンプソンズ同様のアクの強い独特の絵柄によるキャラクターは目にしたことがあるかもしれない。>
< ちなみに上記アニメのタイトルである「Futurama 」の元ネタは、1939年の「ニューヨーク万国博覧会」において、ゼネラルモーターズによって展示されて絶大な人気を博した「未来都市展望」アトラクションの名称である。>
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