シミュレーションに揺れ動く世界


天気予報の発達のように、シミュレーションによって精細に予測可能なことが世の中にどんどん増えて、ビッグデータやAIといったワードが幅をきかせる昨今、順当に考えれば、今後は強力なシミュレーション能力、つまりは豊富なデータと強力な解析AIのシステムを持つ事が、ビジネスの最大の武器になってしまう事になりそうに思える。


(それって、つまり『GoogleとAmazon』だよね? というのはここでは置いておく)


だが、ひょっとするとコンピュータシミュレーションの高度化の行き着く果ては、あらゆる意思決定が『ギャンブル』と化すことになるかもしれない。


例えば、仮に高度なシミュレーションが可能になり、しかも現実にはあり得ないが、あらゆる人々が同じ恩恵に与れるようになった世界を考えてみよう。


そうなると、ほとんどの人が同じ未来予測を共有することになり、従来は、勝負の分け目となっていた「意思決定の妙」が、意味を持てなくなる。

もちろん、ビジネス(あるいは戦争でも)の優劣・勝敗は、始める前から予測出来てしまうことになる。


だがもちろん、現実の世界では「始める前から勝敗が見えているから、実行しなくて結果だけ尊重する」という事にはなりえない。

なぜなら、現実世界では、不確定要素が余りにも多く、その全ての変動要素を加味したシミュレーションを行うことは実際問題として不可能だからだ。

シミュレーションで戦争して、負けた方が敗戦を受け入れるなんてあり得ないだろう。

理論的にも、この宇宙の全てのビットを同時に計算出来るコンピュータは、宇宙を内包することになる。


また、仮に殆ど現実に近いシミュレーションの完成度だったとしても、人間の持つ不合理さが、その結果を受け入れると言うことを許さないだろう。


そしてもう一つ重要なポイントがある。


それは、公表されたシミュレーションは、現実世界に『影響を及ぼす要素の一つに変化する』ということだ。


道路公団で連休中の渋滞予測を担当しているスタッフの方が、とあるインタビュー記事において、「ある渋滞を予測して発表し、その渋滞が実際には起きなければ僕らの勝ちだ」という趣旨の発言をされていた。


つまり、その渋滞予測を知って、多くの人がそのルートを避ければ、渋滞は起きなくなる。

高速道路の管理側としては、ユーザーたちがそのシミュレーション結果の情報を元にうまく他のルートに分散し、短時間で目的地に到着してくれたと言うことで、まさにWin-Winの結果である。


これなどは、公表されたシミュレーションが『将来に起きることに影響する』という、端的な例だろう。


つまるところ、シミュレーションとは、より良い未来を「選択」するために行うものだ。


それが、自分だけに良い結果を求めるならば、結果を公表する事は無い。

しかし、関わる全員にとって、より良い未来を選ぼうとするならば、公表しなければならない。...のだが、こういうシーンでは自分への利益誘導を図ろうとする人たちが少なからず存在するため、様々なシミュレーション結果が百花繚乱という感じになってしまったりする。


こうなると、もうシミュレーション結果の公表など、ただの情報戦に過ぎない。


そこを加味すると、厳密には様々なシミュレーションの結果を公表した影響もシミュレーションのパラメータに含めなければいけなくなり、その結果を公表した影響も...と、合わせ鏡のような世界に迷い込んでしまうことになる。


リスク論の世界では、確率が計算可能なものを「リスク」と呼び、計算不可能なものを「不確実性」と呼んだりしているが、シミュレーションベースでの意思決定の行き着く先は、計算可能なものをすべて計算し尽くした上で、『計算不可能な不確実性』に対してサイコロを振る、ということになってしまうわけだ。


まぁ、それは極端な考え方としても、最終的には多くの意思決定が、予測不可能な偶然性がどちらに転ぶかを「賭ける」のと同じことになっていくかもしれない、と遊び半分に考えてみたりする。


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< 不安なので一応書き添えておくと、他のあらゆる情報処理と同じく、どう使うのか? がすべて、と言うだけであって、未来をシミュレーションをすること自体が「ムダムダムダムダッ!!!!」という話では全くない。>


< 日常、普通の人々の目に最も触れる情報戦は、外交と株式相場だ。

特に、株式相場は上述の『渋滞情報』とまったく同じで、人々のムードを読み取ることと、それに影響を与えることが重要とされる。そこでは、実質すべての企業活動はムード作りのネタに過ぎない。たまに『不祥事』というワイルドカードに踊らされるが。>

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