バトル・アンティーク

ぺけ

其の一 骨董商の男

天蘭(ティン・リャン)の繁華街には屋台が並び、人々の熱気を帯びた生ぬるい風が、食べ物の臭いを乗せて漂っていた。

その屋台の列の一番端、骨董屋がひっそりと佇んでいた。


「暇だ」

骨董屋店主の龍麗(ロンレイ)は、誰も居ない店内に向かって呟いた。こんなに人通りが多いのに、何で客が来ねぇかなぁ。ま、薄暗くて印象が悪いから仕方ねぇか。

そんな無駄な思考をしていた。

やることが無く、机の上の、雑に積み重ねられた日報誌を荒々しく手に取る。日報誌とは、ここ「天蘭」の都市において刊行されている日刊の情報紙だ。

右上の大きな見出しが目に入った。

"1億フォンの金塊、盗賊に盗まれる"

詳細に目を通す。

"天蘭の中心、歴史の塔から金塊を盗んだのは4人の盗賊で、相当な実力を持つ塔の門番が、いとも容易く倒されてしまったことから、全員が相当な武術の使い手と見られる。どこの出身の者かは判明していない。現在、警団がこの盗賊達の行方を探している"

「ふぅん、盗賊…相当な武術の使い手ねぇ」

独り言を吐く。

「お前さんよぉ、その記事俺も見たよ。興味あんのか?」

ん?誰だあんた。というか、いつ店に入ってきた。 回転椅子に座り、足を組んで記事を読んでいる俺の正面、長机越しから身を乗り出して俺を覗いている老人が居た。

シワが深く、全体的にひょろひょろとした出で立ちである。

「あ、わりーわりー。驚かせちまったな。

俺は武道家だからよ、いつも足音立てないようにしてるんだわ」

「変なモンじゃねーぞ、ただの天蘭市民さ」

老人は立て続けに言った。

「別に驚いちゃいねぇさ。それより武道家と言ったな?そんな奴が何の用だ。裏の仕事か?」

この店に訪れる奴の種類は2に1つ。

1つは、純粋に骨董品を買いにくる者。

1つは、"盗られたブツを取り返してきて欲しい"だとか、"殺されたアイツの仇をうってくれ"とかの荒事の依頼だ。

「へっ、察しが良くて助かるぜ。お前さんに裏の仕事を依頼したくてな。」

「ほう。聞くだけ聞いてやる」

すると老人は、持参の麻袋から、黒い漆塗りの正方形の箱を出し、机に置いた。そして箱のふたを開ける。漆塗りのすきまから、良く光を通す、透き通った蒼い宝玉が姿を表した。

金色の台座に支えられて、如何にも宝玉という雰囲気を醸し出している。

「これは龍の宝玉だ。およそ千年前、この天蘭もある大陸の最果ての洞窟に、潜んでいた龍が居たらしい」

それなら、文献で読んで知っている。その洞窟の龍は一人の武道家によって倒されたのだという。

老人は話を続ける。

「その龍を倒した一人の武道家が、龍の腹を切り開いて取り出したのがこの宝玉らしい」

「ほう、龍を倒したところまでは文献で知っていたが、腹からその宝玉を取り出したとは初めて知った」

興味深く、宝玉を覗く。

「んで、最近知ったんだが俺は、その龍を倒した武道家の祖先らしくてな。道理で家に飾ってあったわけだ。だから、これはホンモノだぜ」

なるほど、このような珍妙な宝玉の真贋など分かるわけが無いのだから、この爺を信用するしかないか。

「それで、本題はここからだぜ、兄ちゃん」

「俺ぁ、お前さんとこの宝玉で取引をしたい」

取引か。この宝玉が姿を表してからそれは予感していたが、一体何と取引をするのか。

俺は少し、間を置いてから返答する。

「言ってみろ」

「その、さっきお前さんが読んでいた記事。金塊が盗まれたやつだ。アレは実はよ、記事には書かれていないけど、金塊の他に、究極の拳法が記された巻物も一緒に盗まれたらしいんだ。なんでも、唯一"獄虎"を打ち破れる拳法だそうだ。ダチの高官から聞いた話だから間違いねぇ。俺はその巻物に興味があってさ」

そういえば、武道家と言っていたな。あまりに武道家とかけ離れた容姿の為か、忘れかけていた。爺は話を続ける。

「俺は、今まで色んな拳法を習得して来たんだ。だから、あの究極の巻物とやらも手に入れて、俺の物にしてぇ。この都市のお偉いさん達は巻物何かには興味がねぇだろうし、俺が手にすることは問題ねぇ。だからお前さんに金塊と巻物を取り返して来て貰ってよ、報酬にこの宝玉をやるよ。金塊は天蘭に返すもお前さんが奪うも好きにすれば良いさ。どうだ?」

俺は、貴重な骨董や宝を差し出さない者に、任務を依頼されても受け付けない。

そんな俺の噂を聞いて、この爺も話を持ちかけて来た、という所だろう。

「ほう、なかなかに良い条件だ。1億フォンは小さな都市であれば、まるごと買い取ってしまえるかもしれねぇな。」

-だが、そんな金塊はどうでも良い。俺はあの宝玉が欲しい。

少しの間を空けて、

「良いだろう。その任務、承った」

「ありがとよ。それじゃ、宜しく頼むぜ。任務が完了したら、ここ当てに手紙を送ってくれ。俺の名は、"ヤン"。いつまでも待っててやるぜ」

爺は、宝玉を箱にしまい、麻袋に戻すと、連絡先の書かれた紙を机に置き、ふらふらと店を出ていった。


天蘭のお偉い様が放った、駒より先に盗賊の居場所を突き止めて、金塊と巻物を奪い取ってやる。久々に派手な喧嘩が出来る予感が、龍麗の血を滾らせていた。




















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バトル・アンティーク ぺけ @maboroshi_yumeno

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