第13話 幽霊と聖騎士
深々と地面に突き刺さる盾。
そこから生み出された極彩色の光が半球状に周りを覆い、ルークの退路は完全に絶たれていた。
陽光を集めたような明るさに目が眩みそうになる。
夜に溶け込んでいたルークの黒い外套は一転し、浮いて目立つ。
対を成すかのように目前の聖騎士は、まるで後光を放っているように錯覚する。
「よもや、賊が『剣聖』の教えを語るとは……」
「説教じみた老いぼれの口癖が移ったな」
「まさか、いやそんなはずは…」
アルフレッドは剣聖の志を継いだ者の可能性を考えるがとっさに否定する。
名も知らぬ賊が、自分でも全てを理解できなかった教えを行使できるとは到底思えない。
賊に落ちた者が語る様では『剣聖』の称号も国賊と言われるとおり地に落ちたようなもの。
アルフレッドは剣を鞘から引き抜き、ルークへと向ける。
傷一つ見当たらない純白の刃。
「僕の正義とあなたの道義。どちらが正しいのかこの剣で確かめましょう」
「お前じゃなくて、聖女様とやらのだろう?」
ルークも剣を抜き、戦闘態勢を取る。
地面に刺さる盾をアルフレッドは手に取ろうとしない。
「盾はどうした?」
「あなたも剣一本、十分でしょう」
「驕りは剣を腐らせるぞ」
「……!」
また剣聖の教えがルークの口から出たことに動揺する。
「その教義をどこで身に着けたか分かりませんが、奇妙な人だ」
(今のうちに奴の弱点を探さないと…)
ルークはアルフレッドに悟られないよう自身の足の動きを確かめる。
片足を離すと、もう片足の甲が杭に打たれたかのように地面に固定される。
(魔断の反動はまだ終わってないか…)
まるで地面から手が生え、魔断の代償を置いて行けとせがまれているかのようだ。
この状況では正面からの鍔迫り合いは避けようがない。
足元を狙われれば間違いなく持っていかれるだろう。
ルークは今起きている現象を悟られぬよう、アルフレッドを煽り先制を許す。
「さっさと来いよ、問答はおしまいだ」
「それではお言葉に甘えて」
動き出したアルフレッドは胸元に剣を寄せ両手で構えると、ルークに向かって走り出す。
「でやぁ!」
真上から脳天を目掛けての斬り下ろした。
その動きは純粋に早い。
ルークは避けず、剣を水平にして受け止めたが…。
鳴り響く金属音、ルークの視界が揺れる。
まるで鐘楼が上から降ってくるような重さと衝撃。
ルークは耐え切れず、受け止めた剣を地へと流すように滑らせて身を守る。
相手を無くした剣の勢いは失うことなく、ルークの足元へと叩きつけられる。
剣先から地裂が走り、それをなぞるように突風が吹き荒れる。
ルークは彼から放たれる一振りの威力を把握すると、とっさに後退する。
「おっと、勢いが余りましたね。いつも一撃で終わるものですからつい」
(なんだあの重さは…!本当に剣の攻撃なのか?)
あの派手な鎧の分が剣撃の重さに圧し掛かって叩かれたような感覚。
まるで鐘を片手に持った化け物と対峙してるようだ。
玄人は一回剣を交えるだけで敵の強さを量る、とはいえこんなもの素人目で見てもハッキリと分かる。
未だに衝撃が腕に響き、まるで痺れを起こしたように体中に流れていく。
アルフレッドは攻撃をいなしたルークに感心を示していた。
「聖剣“バルムンク”を前に膝を着かないとは、中々やりますね」
「その名前……いや、今はそれどころじゃないな……」
記憶の片隅に残っている気がするが、今は痺れのせいで思い出す余裕がない。
「その細身の剣、どうやら僕のと同じでただの剣ではないのでしょう」
この聖騎士もサラスヴァティと同様、特殊な類の剣を持ち合わせているようだ。
「言葉を返す余裕も無さそうですね」
アルフレッドは再び剣を構える。
細かい仕草に見られる、規則的な動きが騎士の中の騎士と言わんばかりの風格を漂わせる。
「完全に不利だ、あんなの初仕事で相手にする敵じゃないよ…」
戦闘を終えたレイチェルは、剣戟を繰り広げる二人を見届けていた。
その最中、彼女の魔法も幾度か試したがルーク達を囲む光の壁を取除く事はできなかった。
「この壁は間違いなく魔女の魔法…私のミストスフィアみたいにあの盾に魔法を込めたのかな」
レイチェルはただ、二人の戦いを見守るしかないのであった。
「安心して天に召されてください」
「調子に乗るなよ…」
ルークは間合いを詰め、アルフレッドに斬り掛かる。
「―速い!」
真横に薙ぐルークの剣が左から腰の鎧の隙間を狙う。
寸でのところで垂直に受け止めるアルフレッド。
剣が交わった瞬間、大鐘を鳴らしたように空気が揺れる。
「またか…!剣に触れるだけでも衝撃が起きるのか!」
ルークは諦めず、矢継ぎ早に攻撃の手を止めずに何度も斬り掛かる。
エルムの傭兵まがいな騎士とは違い、教訓通りの綺麗な受け方で剣を止めていく。
(片足付けたままじゃ、虚を突くような動きはできないな…)
必ず垂直に受け止め、洗練された機械的な動作が際立つ。
アルフレッド自身は目で追うのがやっとの様だが、不思議と焦っている様子は見られない。
バルムンクそのものが剣を弾いているのか。
まるで空気の壁にぶつけたかのように衝撃が殺される。
攻撃しているはずが、剣同士の衝撃でルークの痺れが蓄積していく。
「この剣は穢れを嫌い全てを祓いのける!無駄です!」
剣の腕は互角とみえる。
一つ違いがあるとすれば、バルムンクが放つ衝撃破……
これがルークの体へ蓄積するほど展開はアルフレッドの有利に傾いていく。
このままでは勝てないのはとうに分かっている。
絶体絶命のこの状況に、ルークは既視感を覚える。
(あの剣捌き…モーガンが使う剣術の一つじゃないか)
綺麗な動きと言えば聞こえはいい。
しかしアルフレッドのそれは端的に言えば、型にはまった動き。
右に受ければ右への反し方、左に受ければ左への反し方が機械的に決まっている。
ルークは攻撃の手を止め、すかさず間合いを取った。
(一か八か…)
ルークは剣を両手で持つと、大きく振りかぶって頭上で構えた。
胴を晒したその構えは、バルムンクの振動に耐え切れず諦めたように見える。
「なんですかそれは、ふざけてるんですか?」
見たこともない構えに拍子抜けするアルフレッド。
隙を逃すまいと間合いを詰めるとルークの懐へ潜り込む。
「これでとどめです!」
アルフレッドは首元を目掛けて剣先を突き出す!
同時にルークも姿勢を変え、受け立つ様子を見せる。
全てを弾くバルムンクの刺突は、叩き落そうと剣を降ろしても勢いが止まる事はない。
「もう遅い!」
剣を持った片腕を伸ばし、さらに距離を近づけていく。
勝利を確信するアルフレッド。
「―だろうと思ったよ」
「何ッ!?」
バルムンクが貫いて行く先は“両腕の隙間”を縫っていく。
ルークは最初から剣を止めるつもりはなかったのだ。
バルムンクが吸い寄せられるようにルークの腕の輪に通る。
ルークは餌に食らいついた蛇の如く、輪を狭める。
アルフレッドは得物を持った右腕をルークの両腕に絡め取られ身動きがとれない。
彼の脇の下から、首筋にむけてルークの剣が這わせられていた。
この間、たった二秒。
攻守は一転する。
気付けばルークのフードが外れ、お互いに始めて目が合った。
「少しでもずれたら……あなたの腕は吹き飛んでましたよ……」
「お前の動きは、嫌というほど見たことがある」
完全に勝敗が付くと、アルフレッドは目を閉じ諦めた様子でこう言った。
「僕の負けです……あの惨状の様に……その剣で首を刎ねるといい」
流石は騎士、力での負けを認めた以上潔く武器を捨てる。
精神的にも折れた為か、光の障壁が静かに消えていく。
「……」
ルークは剣を収め、何も言わずにその場から背を向ける。
「何故首を刎ねないのですか…?」
「降りかかった火の粉を払っただけだ、あの巨人達も好きで殺したんじゃない」
「巨人?それは一体どういう―」
離れたところから、痺れを切らしたレイチェルがルークを急かす。
「早く行くよ!」
「あなたはさっきの…!ということはエステルは…」
「あそこで寝てる。ただ……これ以上邪魔するなら―」
無言の圧力がアルフレッドに圧し掛かる。
仲間の命を天秤に掛けられてはひとたまりもない。
「……分かりました。ここは引きましょう」
エステルの元へ歩み寄るアルフレッド。
意識の無い彼女を抱きかかえ、最後に一つ問いかける。
「これほどの力があれば騎士にでもなれたでしょう……なぜ賊を?」
「誇りや名声じゃ、恨みは晴らせない」
いつの間にか目の前は黒霧に覆われ、ルーク達の姿が見えなくなる。
「幽霊にでも遭ったと思って忘れるんだな」
「幽霊……?」
霧が晴れると既にそこには誰も居なかった。
ゆめうつつな感覚を裂く様に男の声が響く。
「聖騎士様!大変です!」
「どうかしましたか?」
焦った様子でエルムの使用人が告げる。
「突然エルムの騎士達が次々と巨人に変貌し敷地内で暴れまわっています!」
「巨人…?さきほどの幽霊も同じ事を言ってましたね…」
「幽霊?まさかおとぎ話のレイスに会ったんですか?」
「……いえ、その話は後にしましょう。彼女を避難させたら、先導をお願いします」
この後アルフレッドは、ルーク達が戦った惨状の真実を知るのであった…。
Wraith 神威 @luke_cless
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