One more time , One more chance
去る者は追わず。
去ってしまったものは、追いかけても意味が無い。去ってしまったものは、追いかけてももう、戻る意思が無いのだ。
蝉の声がうだるような熱気の中、温度を2度、高くしていく。縁台のわきの壁に止まったアブラゼミが、ひどい騒音を立てている。うちわは熱風をかき混ぜ、熱気の海に埋もれていく。
垣根沿いに植えたヒマワリは、去年の夏の落し物で、気まぐれにぼくが植えた。気持ちが少しは去年に戻れるかもしれないと思ったけど、自業自得だ。戻るどころか毎日檻の中みたいだ。
アブラゼミがいなくなって、ツクツクボウシ、ミンミンゼミと来れば、夏も思わってしまう。今年の夏も……。
昨夏はまだ、自分もあきらめが悪い性分で、どこに行っても、どこを歩いていても、新聞の中にさえ、きみの姿、きみの名前を探したものだ。今思うと馬鹿げている。通勤電車の通過駅のホームで君を探し、前に座る人の新聞にさえ、似通った人の名前を見ては嫌な顔をされた。
そうした、ひとつひとつの行為が馬鹿げていると言えるし、また――
あんなにはっきりと、きみの命がすり減っていく様を目の前で瞬きもせずに見ていたのに……どこに彼女がいるとまだ思うんだ?
彼女のあの、触ると柔らかだった腕。決して男のそれとは間違うことの無いまろやかなやさしい感触。決して片方にしか出来ないエクボの不思議。そんなものが、少しずつ少しずつ、望むわけでもないのに、毎日から変化に気がつかないほどのロースピードで失われて行った。滑りの悪い滑り台みたいに。
それでもぼくはまだ、彼女をあきらめられない。彼女にあれから1年もの間、こんなに振り回されてきたのに、彼女があの頃と同じテンションで、恥ずかしげもなく手をブンブン振って、
「待ったぁ? 」
なんて、片エクボ作ってきたら……抱きしめるだろう? そして、離さないよ。
何しろいつでも気まぐれだっただろう?
意見の食い違いなんてしょっちゅうのことで、それでもぼくは、きみが口をきかなるころには君を背中から抱きしめて、陳腐な愛の言葉を囁いた。今だってこれがただの仲違いだっていうなら、間が1年もあったけど、やっぱり抱きしめて離さないよ。いなくなったからじゃないよ。
きみが消えてしまった穴埋めなら、ぼくにだって見栄を張れば五万といるんだよ。君の代わりなら五万といるんだよ。
どうしてそれを怒らないんだよ?
いつもだったら、絶対、ぼくに物を投げたりめちゃくちゃ怒るじゃないか。メガネのレンズが割れたことも、装丁本の角が窓ガラスにハマったこともあったよ。わがままできみに勝る人を見たことがない。
ねぇ、このままじゃ動けないんだよ。
ぼくはもう前に進まなくちゃいけないところに、進んじゃったんだ。そう、君はまだゴールが出来そうにないけど、ぼくはもうゴールしないわけにはいかないんだよ。
だから、お願いなんだ。
新しく生きていくためにも、これからのぼくのしあわせのためにも、きみを、感じたい。
探して、探して、目を凝らして、耳を澄ませているんだよ。君を見つけたら離さないから。君がもし、ぼくを知らない世界のきみだとしても、ぼくはきみを離さないよ。離さない。きみ以外いらないんだよ。
きみがいなくなったからじゃないんだ。
もしも次に会えた時には、持っているものは全部、目に見えるものも見えないものも投げ捨てて走るから、だからそのときまで、ちょっと待ってて。抱きしめるまでだれのものにもならないで。
……オレもまたきみに会える日を待つよ。
詞(ことば) 月波結 @musubi-me
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