黄色いチューリップ

「ボクのな、おくつとかおようふくとか、きたないから、みんなボクとあそばへんねんて」


たどたどしい日本語でそう言って泣くのを堪えるように歯を食いしばっているのは、たった5年しか人生を生きていない甥っ子。


五年。


ざっと1825日。


生まれて2000日も生きていないのに、もう人生の岐路に立ったような顔をして彼は小さい頭を悩ませて、小指の爪の、その四分の一にも満たない乳歯をめいいっぱいに食いしばる。泣かないように、それが男の意地だと言うように。


そうして、そんな彼に心無い差別を突きつけるのもたった5年しか生きていない人達なのだ。


胸元にはきっと甥っ子と同じ黄色いチューリップの名札が付いているんだろう。


「けどな、きいてな。ボク、ぜったいぜったい、ゆうまくんよりもきたなくないねん。ボク、ひとのわるぐちいわへんで。ね、そうおもうでしょう?」


甥っ子は鼻水と涙でぐじゅぐじゅになった顔で僕をじっと見つめる。大きなまん丸い目で心の中まで見つめる。鼻の頭に涙の跡がつかないのは、頬にまっすぐ涙の通った線がつくのは、彼が一度も俯いて泣かなかったからだろう。




彼のたどたどしい日本語も、小さな歯も、まん丸い目も彼がこれから生きていく何十倍もの時間の中で変化して、進化していく。

けれどこの小さな小さな体に余りあるほど大きい正義だけは、どうか変わらないで欲しいと思った。


もう今更、こんな立派な正義感をどこかで捨ててしまったか、はなから持ち合わせていなかった僕が思う。尊くて、敬うべき甥っ子。


黄色いチューリップが胸元で太陽に反射して光る。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

吐き出す せの @seno_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る