忍び寄る影


 地上最強とひょうきん丸が激闘を繰り広げている最中――

 十字軍の本拠地に迫る、巨大な影が観測されていた。


 動く山脈。


 十字軍の斥候班からは、そんな報告がされている。


 十字軍の上位組織である「評議会」は、脅威となる化物にそれぞれランクを設けているが――「動く山脈」は、最高脅威である「荒神」認定されている。


 人類史上かつて一度だけ目撃された、山岳を思わせる巨獣。

 移動するだけで天災を引き起こす悪夢。


 その名も、荒神あらがみ権現ごんげん】――


 天にそびえる黒い肢体をうごめかせ、ゆっくりと、しかし確実に十字軍の本拠地を目指し進行する。


 その背には異形の怪物と、二人の人間が乗っていた。


「……本当に、あの建物の中にいるのですか?」


「ええ、間違いありませんわ。匂いは徐々に近づいている――薄くなってはいるけれど、確かに同族の匂いですわ」


「……ふむ」


 異形の影はそう呟いて――ばさ、と背中の翼をはためかせた。


 傍から見れば、それは化物だった。


 黒い翼に、三本の脚。

 胴体には何重にも蛇が巻き付いており――

 そして、頭部には、、付いている。


「吸血鬼が現れたという情報をリークしたから、まさかと思って痕跡を追ってみれば……まさか本当に、唾棄された藍色の本拠地に辿りつくとはね」


 と、頭部の内の一つが言う。それは、女性の声だった。


――よく言ったものだな。……しかし、唾棄された藍色が、こうも簡単に尻尾を掴ませるとは考えにくい――もしかすると、罠かもしれんな」


 と、頭部の内の一つが言う。それは、男性の声だった。


 異形の顔がそれぞれに、言葉を交わす。

 一つの身体に、二つの意思が内在されている。


 傍から見れば、おぞましい姿だった。


 そんな二つの会話に割り込むように、女が言う。


「まぁ、罠だとしても関係ないのではありませんか? どんな強力な兵士と言えど、荒神【権現】の前には、手も足も――」


。連中の力を過小評価してはいけません。もし運悪く、遊撃隊長でも控えていようものなら――【権現】程度、一分と持たず殺されるでしょう」


「あら……。十字軍というのは随分と強い軍隊なのね。よろしければ、私が出ましょうか?」


「はい。もしもの時は、力をお貸しください。……それに、君も。一応、心構えはしておいてほしい」


 異形が声を掛けたのは、もう一人の人影。


 艶のある黒髪、そして黒縁眼鏡――


 


「はい。……大いなる翼の、導くままに」


 少女はそう呟くと、真っ直ぐに空を見上げた。

 黒縁眼鏡の奥に強い光を湛え、どこまでも広がる暗い夜空を仰いでいた。

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