Warning!

始動、藍色の軍勢

「――感じます。因果が収束する気配を」


 執務室を後にした俺の前に、宇宙最強の女が立ちはだかった。


 暗闇すら跳ね除ける藍色。

 目が眩むほどの果ての色。

 広大な宇宙と歴史をその眼に宿す、人の形をした異形。


 十字軍総司令――龍宮院りゅうぐういん 沙杯夜さはいや


「第三遊撃隊長、ひょうきん丸狂死郎。……素晴らしい活躍でしたよ」


「……かかっ。随分と気の利いた皮肉じゃねぇか、総司令殿? 役立たずの俺を殺しに来たか?」


 そうでもなければ、この女が現れる理由がない。

 いくら見た目が少女でも、十字軍の頂点に君臨する存在。


 目的のためには手段を選ばない。

 障害となる者は味方だろうと迷わず殺す。

 不要な者は容赦なく切り捨てる。


 コイツは、そういう人種だ。


 しかし俺の予想と反し、沙杯夜は静かに首を振った。


「とんでもない。貴方は見事、役目を果たしてくれました。殺す理由などありません」


「役目、だと……?」


「その通り。貴方が彼と死闘を果たしたおかげで――とうとう因果が結ばれました」


 龍宮院沙杯夜は、静かに笑った。


 全く中身の読めないその表情は――何故か少しだけ、愉しそうだった。


「時が満ちた、ということです。私もようやく、表舞台に立ちましょう。因果と因縁を断ち切り、決着をつけるために」


 そんな沙杯夜の声に応じ、曲がり角から現れたのは――五人の人影。


 金色のドレスに、金色の錫杖を持った少女。

 ――第一遊撃隊長。

 

 ひょろりとした体躯に、嘴付きのマスク、シルクハット、スーツ、ステッキという紳士然としたシルエット。

 ――第二遊撃隊長。


 二丁の包丁を構えた黒装束。

 ――第四遊撃隊長。


 桃色の着流し、サングラス、ヘッドホン。そして左肩にスピーカーを乗せた、白髪の老人。

 ――第五遊撃隊長。


(五大地獄の死天王……ここに全員集結、ってワケか)


 それだけではない。


 沙杯夜の後方で、腕を組んで立ち尽くす――二メートルは悠に超えようかという、巨大な男。


 上半身は何も着ておらず、鍛え抜かれた肉の装甲を惜しげもなく見せつけている。

 怒り狂った獅子を思わせる金色のオールバック、快活な笑みを浮かべるその姿――


(レジェンドすら引っ張り出すか、沙杯夜。……遊撃部隊 総隊長、通称「一撃滅殺ジャガーノート」――まさか実在する人物だったとはな)


 そして――更に後方。


「――こうして皆で集まるの、いつ以来かな」


 ワークブーツを鳴らしながら、歩いてきたのは黒縁眼鏡の女性。


 研究室長 兼 開発室長。

 概念殺しルールブック、藤原パラケロッサ。


(おいおい……全員集合とは聞いちゃいたが――)


 この場には――十字軍、隊長戦力の全てが集結したことになる。


 歴史が長い組織であるとはいえ、こんな未曾有の事態は、一度も起こったことはないだろう。


(沙杯夜の奴……一体何を企んでいる?)


 これほどの戦力が集まれば、世界を七回滅ぼしたところでお釣りがくる。


 たった一人の男を殺すにしては、充分すぎるほどの戦力だ。


 だとすれば――

 その先に、「何か」が起ころうとしているのか?


 因果の収束――

 と、沙杯夜は言っていたか。


「……これほどのメンバーを集めて、とうとう世界征服にでも乗り出すつもりか、総司令殿?」


「まさか。そんなものに興味はありませんよ。十字軍の戦いは、人類を護るためにこそあるのです」


 そう言って沙杯夜は、にこりと笑った。


「言うなれば、です。……さて、それでは行きましょうか」


 沙杯夜の一言に続くように、隊長達は付き従い――そして、曲がり角に姿を消した。


「……あれが、十字軍の隊長衆……フルメンバーですか」


 メイデンが、ゆっくりと声を絞り出した。

 額に脂汗が滲んでいるのは、怪我のせいだけではないだろう。


 ――あの狂った覇気に晒されたら、誰だってそうなる。


「あんな人達を集めて……沙杯夜様は、一体何をするつもりなのでしょう」


「さあな。俺の知ったことじゃねぇ。知ったことじゃねぇが――」


 ひょうきん丸は、さきほどの男を思い出していた。


 ――可哀想に。


 なまじ俺を退けてしまったために、沙杯夜や五大地獄の死天王に目を付けられることになるとは。


(俺たちゃここで途中下車だが――アイツの戦いは、まだ始まったばかりだ)


 それは、お前の選んだ地獄だ。

 一体、どこまで足掻けるか――楽しみに見物させてもらうとしよう。


「……かかっ。それまで俺が、生きてりゃの話だがな」


 ひょうきん丸は一人、乾いた笑みを浮かべた。

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