⑱ 終着――執着

 退屈だった。何をやっても楽しくなかった。


 俺様は万能の力を手にしたのだと思った。その力で、障害になる人間はな誰だってブっ殺し、思い通りに生きていけると思っていた。


 しかし――あの女と出会ってから、自分などちっぽけな存在に過ぎないのだと知ってしまった。


 何でもは出来ないし――何にもなれない。


 そんな俺が唯一自分らしくいられたのは、戦いの中に身を置いている時だった。


 命のやり取りをしている時だけは、下らない憂鬱を忘れられる。

 化物を殺している瞬間だけは、とても愉快な気分になれる。


 いつしか俺は――戦いにのめり込んでいった。


 自ら地獄を望んで戦い、死闘を求めて戦争に参加し、何度も化物を殺して、殺されかけた。


 その戦いっぷりが評価され、遊撃隊長の地位まで登りつめたが――

 それでも心が満たされることは無かった。

 

 戦えば戦うほど周りから人が離れていった。

 気狂いと称され、死神と恐れられ、味方ですら俺を忌避するようになった。

 いつしか俺は、独りで戦いを求める修羅となっていた。


 いや――

 いや、それは違うか。

 たった一人だけ、いつも俺の傍にいる奴がいた。

 アイツだけは、何があっても、どんな時でも俺と一緒に戦っていた。


 アイアン・メイデン。

 馬鹿正直に俺を敬愛し、追従し、側近として戦い続けた副隊長。


 どんな屈強な戦士が逃げようと、どんな歴戦の騎士が死に晒そうと、恐れず俺の後ろを憑いてきた、たった一人の副隊長。


 そんなアイツが停戦を勧めたことに――俺は、少なからずショックを受けたのかもしれない。


 どんな地獄にも、黙って憑いてきたあの少女。


 吸血鬼の話になると、目の色を変えて、後先考えず突っ込んで――

 何度、その尻拭いをさせられたか分からない。


 あんまり聴きわけがないもんで、メイド服なんぞ着せたっけなぁ――

 お前には瀟洒さが足りない、そいつを着て戦えば、少しは淑やかさを学べるはずだ。なんて適当な理由つけてな。

 本当はからかってただけなのに、本気にしやがって。挙句の果てには、口調までメイドそっくりに寄せやがる。


 本当に――馬鹿が付くほど真面目で、几帳面で、そのくせアンバランスな女だった。


 見ていて愉しくなるくらい――将来有望な戦士だった。


 そこで、ふと――

 俺が死んだ後、アイツがどうなるのかを考えた。


 俺の修羅に付きっ切りだった副隊長。

 アイツは俺が死んだ後、一体どう生きて行くのだろう。


 今まで通り、何も変わらず戦い続けるのだろうか。

 吸血鬼を見つけては、命がけの戦いを繰り広げるのだろうか。


 だとすれば――そう遠くない日に、アイツは独りきりで死ぬだろう。


 俺様という鞘を失ったら――必然、そうなる。

 俺様が死んだ先のことは、まだ何も教えていない。


 なぜだろう。

 不意に、焦燥感に駆られた。

 居ても経ってもいられなくなった。


 どうせ退屈な人生だ。誰に殺されようが、どこで死のうが関係ねぇ。死んだときこそ、死ぬときだ。そこに何の文句もない。


 自分の命なんぞ、別に惜しくもなんともない。


 しかし――


 そのことに――今さら気が付くことになろうとは。


「……っかか」


 なるほど、なるほど――

 これが「執着」というやつか。


 死ぬ間際になって初めてこんな気持ちを知ろうとは因果なもんだ。


 ロクな生き方をしてこなかった俺様に相応しい最期だ。


 受け入れるしかない。

 死とはそもそも――そういうものだ。


 気が付けば、ゆっくりと――時間が、元の速度を取り戻す。

 

 走馬灯が、暖かい夢が――

 役目を終え、終わりを迎えようとしている。


「――悪ぃな、メイデン」


 先に死ぬ。

 いつか地獄でまた会おう。

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