⑰ 走馬灯――死を纏う

 真っ赤に染まった視界の果てで、化物がこちらに向かってくる。


 シルエットだけでの怒りが頂点に達していることが分かる。

 どうやら俺は、奴の逆鱗に触れちまったらしい。


 俺は今から殺されるのだと分かった。


 そう認識せざるを得ないほどに、奴の殺気は膨張している。

 今や、俺を殺すことしか考えていない。

 こんな世界に長らく浸かっていたから、そういう気配には敏感なんだ。


 死を意識したせいだろうか――


 頼んでもいないのに、過去の映像が網膜の裏で巡り始めた。

 恐らくこれが走馬灯って奴なんだろうな。クソッタレ。



 俺が生まれたのは、限界集落の寒村だった。

 名前は忘れた。

 

 俺と同じ歳のガキは、村中集めても五人ぽっちしかいなかった。

 一人が俺様。

 そして残る四人が「いじめっ子」だった。


 俺様は生まれつき、体が小さく病弱だった。他の四人とは比べものにならないほど弱い存在だった。……いじめる理由なんてのは、それだけありゃ十分だろう。


 あの頃、俺はいつも何かに怯えていた。


 牛の糞を投げられたり、手を縛られて川に放り込まれたり、生きた蛙をそのまま食わされたり、石を投げられたり、雪山に埋められたり、灯油を飲まされたり――とにかくまぁ、色々あった。


 そうして幼少期の俺は歪んでいった。


 いつか必ず強くなって、あいつらを同じ目に遭わせてやろう。

 俺をこの世に繋ぎとめていたのは、そんな意思だけだった。


 しかし復讐は思っていたよりも早く、そして思いがけない形で達成されることになる。


 ある冬の、寒い朝。俺が七歳の頃。


 布団から起き上がると、


 おったまげたね。どのくらいおったまげたかというと、寝間着のまま隣の家に転がり込むほどおったまげた。


 しかし、もっとおったまげたのはってことだ。


 そこで俺はとうとう、気がついた。

 俺様の全身に、夥しい量の返り血が付いてることに――


 ……まぁ、言わずもがな。

 殺傷症候群が初めて発症したのは、その時だ。


 自らの作り出した地獄に恐怖を覚えることはなかった。

 むしろ、喜びさえした。


 いじめっ子が死んだという事実は愉快だったし、見て見ぬフリで通し続けた、村の連中も死んでよかったと思っていた。


 嬉しかった。

 生きてきた中で、一番嬉しかった。


 長らく俺を縛り続けた憂鬱が、一気に消えてなくなった。

 体が軽かった。とても穏やかな気持ちだった。

 

 今なら、何だって出来る気がした。


 そうだ、と幼少の俺は考える。

 これから出会う人間は、気に食わなければ殺すことにしよう。

 俺にはその力がある。なら、その力をどう使おうが俺の勝手だ。


 気に食わないことがあったら、力で解決していいのだ。

 俺様をイジメていた連中が、そうしていたように。


 そんなことを考えながら村を出ようとした時――

 目の前に、藍色の少女が立ちはだかった。


 目が痛くなるくらい、藍色づくめの女だった。

 髪の色も、目の色も藍色。

 海ってやつはこんな色をしているんだろうな――と俺は思った。


 見たところ、年齢は俺と同じくらいだった。つまりは七歳程度。

 少女は、にこにこと俺を眺めていた。


 気に入らねぇな、というのが第一印象だった。

 なんでこいつは、俺よりも楽しそうにしてるんだ?

 俺様の服装が血塗れなのにも関わらず、驚かねぇってのも妙な話――


 まぁいいや。

 気に食わないのは確かだし、とりあえず殺そう。


 そう考えて、俺は考えもなしにソイツを襲ったが――


「あなた、使えそうですね」


 にこり、と。

 少女は微笑みながら呟いて――


 まるで虫ケラと戯れるかのように、俺を半殺しにした。


 以来、俺は十字軍の兵士となった。

 ならざるを得なかった。

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