⑭ 魔滅乱撃【神世七代】
変貌し、変質し――昇華していた。
見た目に変化こそないものの――内包されているものが違う。
深淵に突き動かされるような暴力の衝動は無く――際限なく溢れる力が、今では自分のものとして扱える。
心がとても静かだった。
殺意も、怒りも、苦しみも、焦りも、不安も――
余計なものは、何一つとして無かった。
(それが、お主の持つ本来の力じゃ。或いは、世界の本来の姿というべきかのう)
頭の中で、晴禍の声が響き渡った。
(羅刹の力を存分に引き出した上で、やつの
確かに――今の僕に、そんな感情は無縁だ。
心の中にあるのは――ただただ静かに広がる水面のみ。
(ほれ、呆けるのは後にせい。ひょうきん丸とやらは殺る気満々のようじゃぞ?)
視線を上げる。
ひょうきん丸が、恐ろしい形相で肉薄していた。
ご挨拶、と言わんばかりに突き出された左手。
真紅の巨銃――
その銃口はまさに目と鼻の先。
瞬間――衝撃波と爆音が轟き、爆炎の嵐が舞い散った。
ゼロ距離での砲撃をなんとか回避し、次の攻撃に備えるようとしたが――
ひょうきん丸が、消えていた。
「どこ見てやがる、地上最強!」
背後の天井で、ひょうきん丸が吠えた。
咄嗟に振り返り、次の攻撃に備えようとしたが――既に遅い。
ひょうきん丸は、既に攻撃を開始している。
「ヒャハハハハハハハハハハ!」
「だんっ!」と天井を蹴り、ひょうきん丸が僕を目掛けて突撃してくる!
それはただの突撃ではない――自らの肉体を駒の如く回転させ、致死的な裏拳を連続で繰り出しながら迫る、さながら人間削岩機である。
喰らえば全身粉々にされていただろうが――動きが直線的なため、回避するのは容易い。
容易いが――ひょうきん丸は既に、次の攻撃フェーズに移行している!
突き出される右手――
聖なる豆、破邪の弾丸が、眼にも止まらぬ速度で雨のように降り注ぐ。
一度でも撃ち込まれると、厄介なことになる。
僕は瞬時に体の軸を回避し、射線から外れた。
――回避した先に翻るのは、真紅の巨銃。
再び衝撃波と爆音。遅れて、爆炎の嵐。
(……避けきれないか!)
咄嗟に体を引くが、右腕が魔滅炎撃の爆風に囚われてしまう。
ぐらり、と――不意に、重心が左に傾く。
それは、右側が一気に軽くなったということ。
見れば、右肘から下が消し飛んでいた。
「…………」
掠っただけで、この威力。
なんという馬鹿げた火力だろうか。
触れただけで腕を灼失させるなど――規格外にも程がある。
「魔滅炎撃【鬼ヶ島】――銃でありながら接近戦を想定して作られた欠陥品。なんせ反動が桁違いな上に、射程も無い。だが威力と火力はご覧の通り、上手く使いこなしさえすれば――」
ひょうきん丸は僕に背を向け、その脇から魔滅炎撃の銃口を覗かせた。
衝撃、爆音――舞い散る熱風。
そんな致死的な業火の渦から、ひょうきん丸の体が吹っ飛んでくる!
彼は恐るべき速度でエルボーを繰り出すと同時に、全身をコマのように回転させ、右手を水平に構える。
右手――魔滅鉄砲の聖なる雨!
ひょうきん丸は、裏拳を繰り出すのと同時に聖なる銃弾を発砲!
ゼロ距離射撃はなんとか回避するが、裏拳はモロに喰らってしまう。
僅かだが、僕は体制を崩した。左腕だけで凌ぐには、強烈すぎる攻撃。
魔滅炎撃によって灼き払われた右腕は、未だに再生していない。
それもそのはず。
なんせあの攻防から、三秒と経過していないのだ。
いくら吸血鬼の再生能力があるとはいえど――怒涛の連続攻撃には追いつけない。
このままでは再生する間もなく殺される。
魔滅炎撃【鬼ヶ島】。
その威力は破滅的だが、同時に尋常でない反動を生む。
ひょうきん丸は、その反動さえ攻撃に利用しているのだ。
鬼の力という只でさえ強力なアドバンテージを持ちながら、魔滅炎撃【鬼ヶ島】によって火力を底上げ、更に暴力的なアクロバットまでも可能とした。
そこから繰り出される打撃、爆撃、聖なる弾幕――ありとあらゆる攻撃が予測不能で、必殺レベルの破壊力を持つ。
無茶苦茶に、全てを滅するような、暴力的な荒技。
魔滅乱撃【神世七代】。
その姿は――狂気に舞う、鬼の姿そのもの。
「どうだ地上最強、俺様の動きに付いてこられるか!?」
ひょうきん丸のアクロバットは止まらない。
銃撃と打撃を組み合わせながら、しつこく僕を追い回す。
縦横無尽、疾風迅雷。
常に致命的な一撃が、荒々しくも華麗に繰り出される。
「どんなにお前が強かろうと、吸血鬼の力を備えていようと――純然たる戦闘力で、俺とお前は互角! なんせ、同じ鬼の血を引いているんだからな! それがどういうことか分かるか!?」
アクロバットを繰り返しながら、ひょうきん丸は吠える。
「つまり、より強い武器を持っている奴が! より強い武器を持った奴が! より強い戦法を確立している奴が、勝つってことなんだよ! お前が何度蘇ろうが関係ねぇ! 蘇る度に殺すまでだ! 俺にはそれができる! この二丁の魔滅と
爆音と衝撃。
ひょうきん丸の肉体が、真っ直ぐ吹っ飛んでくる。
さながら
勢いのままに、ひょうきん丸は足を大きく振り上げた。
そのモーションが彷彿とさせるのは――力任せの足技だ。
隕石の衝突をも思わせたあの蹴りに――魔滅炎撃の反動が上乗せされたら、一体どうなる?
「もらった! まずは一回! 地獄に堕ちろや地上最強!!」
ひょうきん丸の咆哮と共に、風をも切り裂く音速の蹴りが繰り出され――
「満足か、ひょうきん丸」
僕はひょうきん丸の頭を掴んで、力任せに地面へ叩き付けた。
墜落。
一瞬、ひょうきん丸は何が起こったか理解できないようだった。
なぜ自分は地面に倒れ伏しているのか。
なぜ自分の体がダメージを負っているのか。
「言っただろ。「僕とお前を一緒にするな」って。どんなに強い武器を持とうと、どんな強い戦法で攻めようと――それは、僕とお前の差を埋めることにはならないんだ」
僕の心には、怒りも恐怖もない。
ただ、静かな水面が広がっている。
その水面に映るのは――救われない運命を背負い、鬼に堕ちた人の姿だけ。
暴力に溺れ、人の心を失い、魂を譲り渡し。
血と塗れ、戦いに満ちた修羅の道を歩んでいる。
鏡の向こうの虚像の世界。
ひょうきん丸は、もしかすると在り得たかもしれない僕の姿だ。
だからこそ――僕は彼に負けられないのだ。
同じ鬼を持つ者として。
かつて自分が人間だったことを、ひょうきん丸に思い出させるために。
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