⑬ 魔滅炎撃【鬼ヶ島】
ひょうきん丸狂死郎は、落胆していた。
あまりにも呆気なさすぎる。
吸血鬼を二人も殺し、あまつさえ自分と同じ鬼を身に宿す者との戦いが――こんなにも、簡単に終わってしまうのか。
なんという噛ませ犬。期待外れ。肩透かし――
そんなやりきれない思いが、ひょうきん丸の中で渦巻いていた。
その銃口から放たれる聖なる豆を心臓に打ち込んで以降、地上最強はピクリとも動かなくなった。爆散した下半身も、一向に再生する様子がない。
まだ息はあるようだが――虫の息。
もう、立ち上がることはないだろう。
「……やれやれ」
十字軍の第三遊撃隊長として勤めを果たし、人類を危機から救った。
それでも、達成感や幸福感といった感情は湧き上がらない。
不完全燃焼。
「戦い足りない」という燻った想いが残るだけ。
内なる鬼は、更なる闘争を求めている。
「ふん。流石に「弱すぎる」という事態は、この俺様をして想定外だった。この俺様をして完全に予想外だった。そういう意味では驚かされたが……さて、これからどうするか」
喪失感。
ひょうきん丸は自棄になっていた。
だからこそ思い浮かぶ――他の遊撃隊長にでも喧嘩を吹っ掛けようか、という発想が。
「かかッ――そいつは良いな。最高だ」
馬鹿馬鹿しい発想であることは理解しているが――抗えない。
鬼の解放によって闘争心が暴走している以上、そこに破滅があるのなら――首を突っ込まずにはいられない。
ひょうきん丸はこの日、遊撃部隊の全隊長が集結することを知っていた。
十字軍、遊撃部隊。
一番隊から五番隊まで存在する、化物狩りの専門部隊。
構成員の誰もが一芸に秀でた化物狩りのスペシャリストだが――その中でも隊長、そして遊撃総隊長は別格の強さを誇る。
別格――そう、格が違う。
同じ強さという次元で彼らを語るには、無理がある。
吸血鬼や鬼といった「規格外」ですら、彼らは同等に渡り合う。
渡り合った上で、殺す。
狩り尽す。殲滅する。
ひょうきん丸狂死郎が、地上最強の少年を打ち破ったように。
遊撃隊長は、あらゆる怪物を殺しめる。
五大地獄の死天王。
その呼び名を、裏の世界で知らないものはいない。
「……さて、そろそろ行くか」
地面に落ちたひょっとこ仮面を拾い、ひょうきん丸は踵を返した。
もうこの場所には何も無い。
殺し尽し、死に尽し――終わり尽している。
ひょうきん丸は既に、遊撃隊長との戦いしか頭になかった。
その瞬間だった。
死んだ男の体が――大きく痙攣した。
そして、全身の穴という穴から血が噴出し――
自らの胸に腕を突きたて、心臓ごと豆を抉り取って引き抜いた。
「……かかっ」
ひょうきん丸は、もはや人間の顔をしていなかった。
喜びと狂気と愉悦に歪んだ、混沌とした表情。
「そうこなくっちゃな、地上最強」
からん、ころん。
軽やかな足取りで、ひょうきん丸は男に詰め寄った。
「あんなもんで終わりじゃねぇよな? もっと俺と戦え。もっともっと俺の血肉を湧き上がらせろ。もっともっともっと、俺を愉しませろ」
ひょうきん丸の期待に応えるように、男の肉体は修復していく。
飛び散った血が灰と化し、蒸発する。
爆ぜた下半身が、傷ついた肉体が――見る見る内に再生していく。
そして――男はゆっくりと立ち上がった。
静かにひょうきん丸を見据える男の目には、感情らしい感情が無かった。
その瞳に――ひょうきん丸は、興を削がれる。
「……この期に及んで何の殺意も感じねぇ。むしろさっきより静まり返ってんじゃねぇか。そんなんで俺に一矢報いれると思っ」
その瞬間、ひょうきん丸は跳んだ。
世界が暗転する。骨が軋む。呼吸の仕方を忘れる。一体何が。
衝撃。重力。肉が傷む。傷が開く。一体何が。
一体、何が起こった?
まるで理解が追いつかない。
――結局、ひょうきん丸が壁にめり込んでいることに気が付くには、五秒を有した。
「一矢報いるとか、殺し合うとか、愉しむとか――そういう話じゃないんだ」
男は拳を付きだしたまま、静かに呟いた。
「僕は、お前を止めなくちゃいけない。鬼の力に呑まれ、暴力でしか自己の欲求を満たせない哀れなお前を――羅刹の意思に取り込まれているお前の魂を」
「……かかっ。救うだと? テメェ誰に口利いてやがる」
威勢のいいセリフとは反面、ひょうきん丸は疑問に思っていた。
一度心臓に豆を撃ち込まれながら、何故ここまでのパフォーマンスを発揮できる?
人間で言えば致死毒を直接心臓に注入したようなもの。
いくら規格外の化物といえど、不死身の吸血鬼といえど、動きが鈍るくらいの後遺症は残ってるはず。
それなのに――男の攻撃は、弱まるどころかより強化している。
日本刀のように流麗で美しい強さへと昇華している。
強化され――洗練されている。
ひょうきん丸ですら、眼に負えないほどの打撃を繰り出すほどに――
「祝福が全身を駆け巡り、不死という神への冒涜を殺す――だったか?」
男は何の感情も籠らない口調で、淡々と告げた。
「要は血が毒を運ぶから、弱って死んでいくという理屈。なら、全身を駆け巡る血ごと体外に噴出して、また再生すればいいだけの話だろ」
「……かかっ! マジでイカレてやがる」
ひょうきん丸はゆっくりと体を起こし――
そして、懐からもう一丁の拳銃を取り出した。
「――
血の池地獄から取り出しかのような真紅に染まる拳銃は、規格外なほどの巨大なサイズを誇る――なんと驚異の六十口径だ。これは史上最強のリボルバーと呼ばれる銃よりも、更に十口径上回るサイズである。
普通の人間が用いれば、反動によって手首は破壊されるだろう――
しかし、その身に鬼を宿す者であればその程度の反動、痛くも痒くもない!
ひょうきん丸は、両腕を交錯させて歪な構えを取った。
右手には魔滅鉄砲【種子島】。
左手には魔滅炎撃【鬼ヶ島】。
これこそ第三遊撃隊長ひょうきん丸狂死郎が最も得意とし、またその殺傷性ゆえに一度たりとも日の目を浴びることが無かった、禁断の構え。
戦闘を愉しむために封印された、最強の戦法。
名付けて――
「第二ラウンドの開始と行こうじゃねぇか、地上最強! 愉しい時間はまだまだこれからだぜ!」
言うが早いが――ひょうきん丸は二丁の魔滅の銃口を男に向けた。
そんな光景を前にしてもなお――
男の表情に、一切の揺らぎは
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