⑫ 僕の歩んできた道を
千二百年前、坂上田村麻呂と羅刹の対決の際、高天原から始祖神を呼び寄せたという戦乱の立役者にして、初期十字軍の構成員。
さらに自らの肉体と魂を依代とし、坂上田村麻呂の肉体に羅刹を封印したとされていたが――どうやら、その話は本当だったらしい。
嘘も何も、こうして僕の目の前に現れたのだから――
最早、疑いようがない。
「危ないところじゃったな。あと少し、余の覚醒が遅れておれば――今頃お主は、何もかも羅刹に食らい尽くされておったことじゃろう。肉体も魂も、余すところなく、な」
威風堂々。
そんな言葉が似合うくらい、阿倍野晴禍の声は凛としていた。
「ふむ――しかし、お主は随分と運命に愛されておるようじゃの。鬼の残滓だけでなく、吸血鬼にすら憑りつかれ――それでもなお、希望を抱き続ける。今の時世にも、こんな人間がおるんじゃの」
まるで僕を知っているかのような物言いだが――それも当然か。
なんせ彼女も、一心同体。
僕が生まれる前から――血と血の鎖で結ばれているのだから。
「まぁそう警戒するな、人の子よ。余はお主の敵ではない。むしろ味方じゃ。羅刹を抑え、その力を存分に引き出せるようにする、という意味合いではな」
「そ――そんなことができるのか?」
「無論じゃ。余が覚醒を果たした今、手綱を取ることなど造作もないこと――むしろ余はそうするために、羅刹へ余という楔を撃ちこんだ。羅刹が覚醒を果たす時、抑止力となるためにな」
そういって、晴禍はにこりと笑った。
「くくく、まぁ、理屈でいえばそういう話じゃが――正直に言うと、余も混ぜてほしくなったんじゃ。お主の戦いという奴に。運命に抗おうとする強い意思に。羅刹の力に呑まれることなく、希望を探求し続けた心意気。一体それが、どこまで通用するか見てみたい。……ま、要するに、お主に惹かれちまったということじゃな」
晴禍は、凛として声を張り上げた。
「誇れ! 自信を持て! お主のこれまでの戦い! そして抱き続けた意思! それは、決して無駄では無い! 少なくとも――余の胸にはしかと、伝わっておる」
晴禍は僕に近寄り、両手で僕の肩を掴んだ。
「忘れるなよ、人の子。お主が希望を捨てぬ限り――お主は決して一人ではない。吸血鬼の娘に、羅刹の力。そして余が、其の信念を支える柱と成ろう。それはあの男――ひょうきん丸と言ったか? 奴の得られなかったものじゃ」
「ひょうきん丸が?」
「左様。奴はもう、その身も心も羅刹の残滓に呑まれておる。圧倒的な力に溺れ、戦いに愉悦を覚え――人間を辞め、本物の鬼となり果てた。その額から伸びる真紅の角が確固たる証よ。弱き心を鬼に見透かされ、食い滅ぼされた人の姿の成れの果て。本当に救いようがないのは、あやつの方じゃ」
ひょうきん丸狂死郎。
十字軍の第三遊撃隊長にして、奇怪な男。
彼にどんな過去があったか知らないが――彼も鬼をその身に宿すものである以上、殺傷症候群とは無縁でいられなかったのだろう。
その果てに、あの姿と力を手にしたのであれば――
彼にもまた、憑いているのか。
バッドエンドの運命が。
「となれば答えは一つしかない。救いのある物語、じゃろう?」
見透かしたように、晴禍が笑った。
「思い出させてやるがいい、あやつにも。かつて自らが「人」であったことを。そのための伏線は、既にお主が築き上げておる――さぁ、行くがよい」
その瞬間、晴禍は眩い光に包まれた。
そして混沌たる無秩序はゆっくりと消滅し――
僕は再び、現実世界に舞い戻る。
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