⑦ 並んだ並んだ、戯言が

 高坂 燈火――吸血鬼の末裔。


 運命に囚われ、死んでしまった女の子。


 僕が命を奪った女の子。


 殺した相手に感謝を伝える女の子。


 父親が自殺した時も、毅然としていた女の子。


 感情が乏しいわけでも、鈍感というわけでもない。


 高坂 燈火は、強いのだ。


 運命に呪われ、家族の死に関わった経験を持つ、彼女のメンタルは――おそらく僕なんかには想像もつかないほどに、強固だ。


 或いは――既に崩壊しているのか。


 そんな彼女が――今では。

 震えを抑え、両手で自分の体を握りしめている。

 その姿は、余りにも儚げで、壊れそうで。 


 見た目相応の、少女のようで。


(……燈火。一体、何に気が付いた?)


 僕が知らないだけで、何かが始まっている。

 僕が知らないだけで、何かが終わっている。


 僕が知らないだけで――情報は既に出尽くしている。


 だとすれば――それは一体なんなのか。


「とぼけた顔すんなよ地上最強。もうとっくに答えは出てるじゃねぇか――なあ。俺が言ったことをよく思いだせ。お前を司どる鎖は三本――ならば」


 

 ――と。


 楽しそうに、首を傾げて。

 さながら、「これが答えだ」と言わんばかりの表情で。


 それだけのヒントでは、僕は答えに辿りつけない。

 ――が。

 燈火は、辿りついたようだった。


 淀みなく――最初から用意していたかのように、燈火は言った。


「吸血鬼の血が持つ特性は――不死、。それを取り込んだあなたの肉体に、急激な活性作用を与えると同時に――――」


 同じ作用を与えたとしたら?


 吸血鬼の特性――不死と、再生。


 千切れた腕が、――再生し、元に戻るように。


 ――


 何千年もの時を経て、幾憶に分散された残滓が――


「……吸血鬼の血が、。そういうことなのか?」


 燈火は、ゆっくりと頷いた。


 ……バカな。

 いくらなんでも、荒唐無稽すぎる。


 そんな仮定がまかり通るなら――

 吸血鬼の血が持つ再生力は、あまりにも出鱈目ではないか。


 出鱈目に――馬鹿げているのではないか。


 例えば――琥珀に閉じ込められた、太古の羽虫。

 例えば――永久凍土に沈んだ、マンモスの肉。

 例えば――地底に眠る、類人猿の骨。


 そんな断片的な情報から、クローンを造りだすのと等しい行為。


 語彙が枯れる。表現が死に尽くす。

 在り得ない。馬鹿げている。出鱈目だ。


「在り得ない。馬鹿げている。出鱈目だ。全部その通りだぜ。吸血鬼ってやつは鹿。だから俺たちは吸血鬼を特別扱いする。そして、吸血鬼を殺したお前を更に特別視した――」


 デスクの上で寝ころんでいたひょうきん丸は、その場で立ち上がり、僕を見下ろした。


「結果、ってわけだよ」


 ゆっくりと――銃口を向ける。

 

 魔滅鉄砲まめてっぽう種子島たねがしま】。

 彼らしくオモチャじみた拳銃を――彼らしからぬ、真剣な雰囲気で。


「残念ながら――


 やはり。

 やはり――そういう展開は、避けられないか。


 全く――

 僕は一体、何を期待していたんだろう?


、だ。お前の身に宿る不死と再生の力は、いずれ羅刹の残滓を完全に復活させるだろう。即ち――。しかも、。そんなもん復活してみろ。世界は一瞬でお終いだ。解放された羅刹の怒りは誰にも止められねぇ。何もかも、破壊と蹂躙の限りを尽くされ――それで終わりだ」


 ――吸血鬼の関わった物語には、バッドエンドが憑き物だ。


 気が付けば、


 僕が僕である限り――待ち受ける結末は変わらない。


 最悪。災厄。

 それで、お終い。


「つまり――お前を殺すなら、今しかない。今ならまだ、。この俺ならば――


 とん、と。

 魔滅鉄砲【種子島】が、僕の額に押し当てられた。


 ひょうきん丸の眼には――感情の一切が込められていない。

 無心。


「…………」


 僕は、横目で燈火を見た。


 彼女は俯いたまま、下唇を強く噛みしめていた。


 まるで――責任を感じているかのような。


「私と関わったせいで「僕」の運命を狂わせてしまったのでは」――なんてことを。

 思っているかのような、横顔。

 誰よりも優しい彼女のことだから――気にせずにはいられないのだろう。



「…………」


 ひょうきん丸の言う通りかもしれない。


 いずれ凶悪な鬼となり、全ての人間を憎んで殺す存在になるのであれば――今の内に死んでおいた方がいい。


 誰も傷つけたくない、誰も殺さないという誓いを護るなら、それほど確実な方法はない。

 それに――僕にはもう帰る場所がない。


 日常に戻れず、十字軍に受け入れられることもない。


 ずっと独りで背負った運命と戦って、いずれ何もかもを終わらせてしまうなら――

 そんな苦しみを抱えて生きるくらいなら――

「救いのある物語」などという曖昧な夢想を追い続けるくらいなら――


 ここで殺されるという選択肢は、限りなく最善に近い。


「――なんてな」


 随分とまぁ、雁首揃えて並んだものだ、戯言が。

 思わず笑いが零れてしまう――


「……なんなんだお前は。何が嬉しくて笑ってんだ? とうとうイカレたか?」


 ひょっとこ面の奥で、くぐもった苛立ちの声が漏れた。


「ここは普通、絶望に暮れる表情を浮かべる場面だろうが。それなのにお前は笑う。まるで意味が分からねぇ。ショックのあまり狂ったか?」


「別に、楽しくて笑ってるわけじゃないですよ。ただ――あまりにも馬鹿げているから笑っただけです」


 今の内に死んでおいた方がいい?

 もう帰る場所がない?


 あわよくば――、だと?


 それは――燈火がずっと独りで、背負ってきたものと同じじゃないか。


「僕は、とっくに吹っ切れたんですよ。あなたの自慢の副隊長と戦ったおかげで――」


 弱ければ、何も出来ずに死んでいく。

 強ければ、どんな理想にも手が届く。


 そんな理想を掲げながら、雷のような眩しさを見せつけた副隊長。


 僕は彼女から、強さを学んだ。


 人は、傷つかずに生きていくことは出来ないのだと。

 何かを為すためには――何かを犠牲にしなければいけないのだと。


 忘れてはいけない――何を一番護りたいのかを。


「本当に優しい人になりたい」という贖罪の気持ちを、裏切ることになろうとも。


 一つしか選んで前に進めないというならば――僕は燈火と誓った約束を選ぶ。


 自分を殺した人間に寄り添い、あまつさえ心配までしてくれる優しい女の子と、「救いのある物語」を目指すために。


 本当に心の底から楽しそうに笑う、彼女の笑顔を見るために。


「――僕はまだ、こんなところで殺されるわけにはいかない。そして、鬼の意思にも屈しない。それが最善の答えなら――僕は、どちらも手に入れる」


 この先何があろうとも、変わらない。

 人でもなく、吸血鬼でもなく、鬼でもない。

 何もかもが中途半端な僕を、真っ直ぐ導く標。


 それが――僕の進む道だ。


「馬鹿ですね、あなたは」


 僕の耳元で、小さな声が囁いた。


「相変わらず口先だけは立派ですね。冗談も休み休みでないと、本当に惚れてしまいますよ」


 僕は思わず、頬がつり上がるのを感じた。


 自分が殺した相手に惚れられるなんて、悪い冗談にもほどがある。

 だけど――決して、悪い気はしない。


 そう思える、自分がいる。


「こんなところで殺されるわけにはいかない、か。ふん。まぁいい」


 からん、と乾いたゲタの音。

 ひょうきん丸は銃を降ろし――ゆっくりと、デスクに向かって歩いていく。


「同情するぜ。お前はあまりにも救いようが無さ過ぎる。背負う運命が哀れ過ぎて、言葉も出ねぇ。どの道を歩んでも血に塗れ、戦うことを強いられる。だがな――!」


 彼は唐突にデスクを蹴り飛ばした。


 そう。

 蹴りの衝撃だけで――


 デスクは大きな音を立て、壁に衝突したかと思うと――

 

 


! ! ! ! そんなものは! ! だのだのだの、煩わしいったらありゃしねぇ! 全く、語り部なんぞ引き受けるもんじゃねぇな! 肩が凝る! 苛々する! 似合わねぇったらありゃしねぇ! 堪忍袋もクソもねぇ、流石に我慢の限界だ! 何でもいいからさっさと俺と戦え! 俺ぁテメェと会った時からずっっっっっと、戦いたくて戦いたくてしょうがなかったんだ! 羅刹、吸血鬼――化物をその身に宿した地上最強と! 嗚呼あああっカカカカカカカカカかかっ、ヤベェヤベェ、久しぶりに手加減の必要ない相手と戦えるって考えただけでワクワクするのが止まらねぇ!」


 不愉快で、けたたましい笑い声を上げながら――彼は言う。


「全神経を俺様に注げ! 全身全霊で戦え! でなけりゃ一瞬で殺しちまうぞ! お楽しみの時間に余計な感情は不要だぜ! 十字軍この遊撃隊長おれさま程度倒せないようじゃ、お前の選んだ道に先は無ぇ! いっちょ腕試しだと思ってかかって来いや!」


 ひょうきん丸が口上を並べている間に――

 燈火は自らの手首を切っていた。

 彼女の手首から鮮血が伝う。

 その一滴を、僕は躊躇ちゅうちょなく飲み込んだ。


「愉しもうぜ――命がけのちょっとした殺し合いおあそびをな!」



 凄惨に、喜色混じりに、真剣に。

 ひょうきん丸は、魔滅鉄砲のトリガーを引いた。


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