⑥ 荒唐無稽な真実

「……こんな荒唐無稽な話を信じろと?」


 研究レポートにびっしりと書かれた伝説は、まるで下手な作り話みたいだった。


 東北地方に棲まう鬼だの、「武神」坂上田村麻呂だの、史上最悪の鬼「羅刹」だの、「陰陽師」阿倍野晴禍だの――


 随分とまぁ、雁首揃えて並んだものだ、胡散臭い登場人物が。


 歴史と常識を嘲笑うかのような、荒唐無稽な物語。

 子供騙しにも程がある。

 流石の僕も――すんなりと受け入れるわけにはいかない。


「かかか! この期に及んで、荒唐無稽も子供騙しもねぇだろう。吸血鬼なんて規格外の化物が存在する世界だぜ? ――違うか?」


 笑いを噛み殺した声色。

 ――ひょうきん丸狂死郎。

 いちいち、勘に障る奴だ。


「とはいえ――にわかにゃ信じられねぇよな。これだけ科学の発達した時代に「鬼物語」だと? 冗談にしちゃお粗末すぎる。嗤っちまうくらい話にならねぇ。そう考えるのが普通だよ。しかし――お前の存在は、。お前を司る鎖の一つ。そこに吸血鬼が確認されただけでも異常なのに――それだけでは、お前の。それこそ、神をも凌駕する「何か」が憑いているとしか思えないほどに、な」


 ひょうきん丸の言う通りだ。

 僕は、吸血鬼という怪物を知っている。

 殺しても死なない、殺されても死なない、血に呪われた、運命に見放された、哀れな生き物を知っている。


 だから――


 理屈の上では、その通りだが――


「――でも、やっぱり納得できない。いくらなんでも、情報の出所が胡散臭すぎる。百歩譲って十字軍の調査レポートを信頼するにしても、坂上田村麻呂だとか、千二百年前の東北地方だとか、陰陽師だとか――そんなものは信じられない。僕の知っている歴史とは、あまりにもかけ離れている」


。ふん。随分と歴史に肩入れするじゃねぇか。歴史ってのはな、後世の人間にとって都合よく語られる御伽草子に過ぎねぇだろうがよ――学校で習わなかったか? もし歴史が、真実のみを語るのだとしたら――吸血鬼や俺といった存在が、どうして明るみに出てこねぇんだよ?」


「それは――」


 その存在が、「後世の人類にとって都合が悪い」、からなのか。

 都合が悪いから――隠ぺいされる。

 最初から、無かったことにされる。


 千二百前、東北地方に存在した鬼のように。


「十字軍の枕詞は「秘密結社」。俺たちは歴史の影に隠された、「あっちゃならねぇ存在」なのさ。それは発足当初――坂上田村麻呂の時代から、連綿と受け継がれてきた金科玉条。だからこそ、お前が「本当の歴史」を知らないのは当然のことだ」


「……そうなると、十字軍は千二百年も前から暗躍していたと?」


「そうだ。お前、ちゃんと話聞いてねぇだろ? しっかり書いてあるぜ」


 ひょうきん丸はそう言って、レポートを掲げて見せた。


『――彼は朝廷に協力を申し出、十字軍を名乗る精鋭部隊を編成すると、東北地方に進行――』


 彼?

 それは――坂上田村麻呂のことだ。

 だとすれば、文章をその通りの意味で解読するなら、彼は――


「そう。


 ひょうきん丸は、何事も無かったかのように言い放った。


 しかし――いや、なるほど――そうか。


 十字軍。


 千二百年前に発足して以来、隠ぺい工作と暗躍を繰り返し、歴史の裏側で活躍していた組織。


 何世代にも渡り、人知れず化物を狩り続けてきたということは――現代水準を大きく上回ったテクノロジーや人材を確保していても――おかしくない、ということか。


 例えば、ひょうきん丸狂死郎――魔滅鉄砲【種子島】のように。

 例えば、アイアン・メイデン――銀色のヤールン鉄槌グレイプルのように。


「例えば、お前の正体を看破するだけの設備、知識が揃っているように――な」


 ひょうきん丸は、ククっと頬を釣り上げた。

 まるで――何もかも見透かしているように。


「殺傷症候群の正体は、「だ。羅刹は人類を憎んでいる。この世から自分を滅却した、人類という存在を。羅刹は、復讐の機会を淡々と狙っている。残滓と化してなお、テメェの因子に適合する人間の身体を乗っ取り――無差別、無意識の内に殺戮を実現する。人の身に暴力を宿し、人を殺し――挙句の果てには宿主を乗っ取り、復活しようと企んでいる」


「無差別に、無意識に――」


 僕が、高校生活を終わらせたように。

 全てを――壊しつくして。


「稀にいるんだよ。。阿倍野晴禍に封印されてなお、長い時間をかけて細分化されてなお――羅刹の残滓に、適合する人間がいる。むしろ、封印と血が薄まるにつれ、徐々に覚醒を果たしつつあるというべきだか――本来ならば、


 そこで、ひょうきん丸は首を傾げた。


「ならば何故? お前はしまったんだろうなぁ――?」


 愉しそうに、ひょうきん丸は問いかける。


「運命に呪われた? 見捨てられた? そんなレベルの因果じゃねぇ。お前はんだよ。地獄に最悪に運命に、憑かれ愛され取り込まれ。かかかッ。羅刹の残滓と吸血鬼って組み合わせは――。どうしようもないくらい傑作だぜ――」


 傍観者に徹する道化のように。

 語り部を嘲る真犯人のように。


 ひょうきん丸は――嗤う。


 悪趣味といえば――悪趣味。

 不愉快といえば――不愉快。


「……そういう、ことですか」


 会話を傍観していた燈火が、突然ぽつりとそう言った。


 燈火はぎゅっと唇を噛みしめて、眼を瞑り、震えを堪えるかのように、両手で自分の身体を抱えている。


「ようやく、話の流れが視えてきましたね。私は――とんでもないことを、してしまったのかもしれません」


 恐る恐る、呟く声は――

 幽かに、震えているような気がした。


 


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