⑤ 鬼物語【十字軍の研究レポート】

 今から千二百年ほど前。

 現在でいう日本の東北地方は、悉くことごとく悪鬼の巣食う地域だった。


 それは到底人間が住めるような場所ではなく、常に腐臭と血に塗れた地であると伝えられていた。


 一度足を踏み入れたが最後、二度と帰る者はないとまで呼ばれた魔境。

 だからこそ、人類にとって、東北地方は長らく未開の地とされていた。


 やがて、東北地方には強力な鬼が数多く現れますます手が付けられなくなった。


 西暦七百九十年、四月。


 あろうことか鬼たちは連合を組み、朝廷へ宣戦布告した。

 日本を百鬼夜行の支配する國に作り替える。それが鬼たちの目的だった。


 いくら時の権力を欲しいままにする朝廷とはいえ、相手は鬼。人間を相手にするのとは話が違う。どんなに兵力があろうと、鬼の本気には適わないことなど、誰の目にも明らかだった。


 最早人類史はここで終わりかと、誰もが思った。


 そんな時節、彗星のように現れた英雄こそが――

 

 武神、坂上田村麻呂さかのうえたむらまろである。

 

 彼は朝廷に協力を申し出、を名乗る精鋭部隊を編成すると、東北地方に進行。そして、瞬く間に鬼を打倒し、荒野に鬼の首を晒しつつ北上した。


 順調に進む田村麻呂の討伐譚に、人々は僅かながら希望を取り戻した。鬼に支配された恐怖は薄れ、次第に希望を胸に抱く様になった。


 しかし――何事も、順調に進むことなど在り得ない。


 現在でいう岩手県――不来方市が存在する場所。 


 田村麻呂はそこで、運命の邂逅を果たす。


 史上最強最大最悪最低の鬼にして、全ての鬼の始祖である「羅刹らせつ」。

 かの鬼と田村麻呂は、天地がひっくり返らんばかりの死闘を繰り広げた。


 拳と拳が触れ合うたび、日本列島は地震に見舞われた。

 二人の咆哮で天が割れた。

 太陽は恐怖のあまり、姿を消した。


 七日七晩に渡る、二人きりの戦争が続いた。しかし決着がつくことはなかった。

 

 拮抗を見かねた十字軍の陰陽師、阿倍野あべの晴禍はるかは、高天原たかまがはらから始祖神を顕現させ戦に決着をもたらそうとしたが――鬼神と武神の争いに終止符を打つには至らなかった。


 神の力すら凌駕する両名の争いは、とうとう十日目を迎えた。


 激闘を制したのは、坂上田村麻呂だった。彼は最終的に、羅刹を死の寸前まで追い詰めることに成功する。

 

 しかし――それでも決定的な死に至らしめることはできなかった。


 結局、阿倍野晴禍は自らの命と肉体を依代に、羅刹を坂上田村麻呂の内に封印した。それは子孫代々に封印を継承していかなければならない苦肉の策、ギリギリの作戦だったが――羅刹をこの世から排する方法は、それしかなかった。


 以来、羅刹の封印は何代にも何代にもわたって継承され続け――

 そして今に至る。


 阿倍野の魂も、田村麻呂の血も薄まりきった。


 田村麻呂の子孫がそれぞれ子供を為していくにつれて、羅刹の魂もまた、少しずつ、ゆっくりと細分化され、子孫の中に散っていった。


 その果てに、ゆるやかな消滅の路を辿っていったものと思われた。



――全国のあらゆる場所で、殺傷症候群という症状が確認されるまでは。



「それこそが、だよ」


 神妙な声色から一転、笑いを堪えるかのように。

 

 ひょうきん丸は、僕を指さして言う。


「解るか? お前の身体には太古の鬼が――史上最強最大最悪最低の鬼、が受け継がれているんだよ」




 

 

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