③ 三重螺旋

 ひょうきん丸が放り投げた紙の束を手に取り、その内容を確認する。

 ……アルファベットや専門用語、そして数値やグラフの羅列。


 何が書いてあるのかさっぱり分からなかったが――

 しかしそのどれもが、らしいことは一目瞭然だった。


「うちの研究室長が、お前の全身をくまなく調査した。腹を掻っ捌き、あらゆる検証、実験、考察を行った。今お前が読んでいるのは、そのレポートってわけだ。まぁ、色々と小難しいことが書いてはいるが――」


 要するにだ、とひょうきん丸は言う。


「バイタリティ、基礎体力、筋力――基礎的なステータスは勿論、呼吸器系や循環器系も異常な数字を叩きだしている。研究室長は興奮のあまり、涎を垂らして発狂しかけてたぜ。「こんな奇跡が起こりうるのか」ってな。「生物史上最強の怪物」ってのが総評だ。……アイツにそこまで言わせるってのは、お前相当だぜ」


「…………」


 突きつけられた現実に、僕は少なからずショックを覚えていた。

 しかし――考えてみれば当然なのだ。

 

 ただの人間に、四十人ものクラスメイトに重傷を負わせる力などない。

 燈火を殺した時のように、手刀で人間を貫ける力などあるわけがない。

 瓦礫の舞う大嵐の中、全身ズタボロにされて生きていられるわけがない。

 

「自分がただの人間かもしれない」という期待が、「そうでありたい」という願望は、儚い幻想に過ぎなかった。


「次のページを開いてみろよ。面白いものが載ってるぜ」


 ひょうきん丸に促され、次のページを捲る。 


 そこには、絡み合った糸のようなものが、大きく載っていた。


 一見、三つ編みのように見えなくもないが――それにしては歪すぎる。複雑に捩じり、絡み、そして一本の線を形どっている謎の物体。


「それがお前のDNAだ。イカレてるだろ」


「でぃ――DNA?」


「そう。紅いくさび二重螺旋にじゅうらせん、運命の赤い意図――人の根源を司る鎖。お前のそれは最早、原型を留めてねぇ。歪み、絡み、捩じ曲がり――異様な変貌を遂げている。……調査の結果、お前のDNAはそれぞれ要素の異なるで構成されていることが判明した」


「そ――それは――」


 あまりの急展開に、言葉がうまく絞り出せなくなる。


 それぞれ要素の異なる三本の鎖――つまりそれは、「人間」以外にあと二つ、別の情報が組み込まれているということだ。


 在り得ない。


 しかし――吸血鬼なんてものが存在する世界では。

 在り得ない、という言葉こそが在り得ない。

 

「在り得ないということは在り得ない。ふん。段々分かってきたじゃねぇか。そうだ、吸血鬼なんて怪物が存在してるほどイカれた世界――何が起こっても可笑しくない。犯しくない。ということはだ――DNA。そんな話も、在り得なくはないだろう?」


 ひょうきん丸は、狂ったような嗤い声をあげた。


 そして――可笑しくて犯しくて仕方ない、という風に、僕を指さした。


「まさかテメェ――?」

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