② どこにもいない、ただの人
「まぁ、そう慌てんな。のんびり行こうや」
その空間に似つかわしくない不愉快な恰好をした男こそが、この部屋の主――ひょうきん丸狂死郎であった。
彼は執務室に入るなり、ため息交じりにデスクにどっかりと腰を下ろした。
ひょっとこ面にスーツ、ゲタという独創性にもほどがあるファッションセンスからは想像もできないが、彼は化物狩りの集団、十字軍の遊撃隊長を務める男である。
それに――のんびりしているように見えて、その手にはしっかりと握られている。
一見ただのオモチャにしか見えない鉄砲だが、特異な性質を持つ銃だ。これこそ、ひょうきん丸が化物狩りに用いる特殊装具である。
僕は一切の油断をせず、彼の動向を観察する。極端な話、急に発砲されてもおかしくはないのだ。
メイデンとの戦闘を挟んでいるので忘れかけていたが――僕の処遇は二つに一つ。
人類にとって脅威をもたらす存在だと認定されれば、この場で殺される。
そうでなくても、十字軍のために協力することを余儀なくされる。
話がどこまで進んでいるか分からない以上、何をされるか分からない。
そんな姿勢で臨むべきだ。
「そう警戒すんな。殺すにしろ生かすにしろ、一から十まで筋道立てて説明してやる。それに、まだ分からんぜ。案外お前、ただの人間だったりしてな――」
そう言って、ひょうきん丸は僕の顔を見た。
ひょっとこ面に表情を隠されているが、その下では邪悪な笑みが浮かんでいるような気がした。
「正直なところ、お前はどう思っているんだ? 自分の正体」
「……それは僕が聞きたいくらいですよ。検査の結果はもう出たんでしょう? なら、僕よりもあなたの方が詳しいかと思いますが」
「お前の言葉で聞いてみたいんだよ。――俺もこの世界に浸かって随分と長いが、お前みたいな奴と会うのは初めてだ。だから、単純に興味があるのさ。お前が、自分をどう思っているのか」
「どうって……普通の人間ですよ。どこにでもいる、ただの人です」
「どこにでもいるただの人です。ふん。そんな奴、果たしてこの世にいるのかねぇ――」
ひょうきん丸は意味ありげに呟いた後、思い出したように笑った。
「どんな答えが聞けるかと期待してみれば、ひでぇ冗談のセンスだな。どこにでもいるただの人が吸血鬼を二人も殺した挙句、十字軍の副隊長に勝利するなんてありえねぇ。いい加減に自覚しろ。「どこにでもいるただの人」ってのはな、単にお前が「そうでありたい」という願望に過ぎねぇんだ」
ひょうきん丸はそう言い捨てた後、続けた。
「それにお前自身、気が付いているんじゃねぇのか? 自分に潜む深淵が、片鱗を現しつつあることに」
深淵――
僕の中に潜み、凶暴で、極悪で、容赦ない、圧倒的な力をもった――底知れない何か。
「その顔だ、地上最強。らしくなってきたじゃねーか。語り部として嬉しい限りだぜ。その緊迫感あってこそ――お前の正体を語るのに相応しい」
ひょうきん丸はそう言って、僕の眼前に紙の束を放り投げた。
「読んでみろ。きっと驚くぜ」
僕は紙の束を慎重に拾い上げ、その中身にゆっくりと目を落した。
そこに書かれていたのは――
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