⑩ 激情のオーバーヒート

 青白い光がスパークする。その中心に立つ少女――アイアン・メイデン。

 彼女の姿は、最早人には見えなかった。

 見開かれた目、開いた瞳孔、そして逆立った髪の毛。

 まるで雷神のような出で立ちに、僕は一瞬怯んだ。


 気迫。

 彼女の姿に、吸血鬼への想いが全て込められているような気がした。


「殺す」


 その瞬間、彼女の拳が僕の顎を捉えた。最早、疾いなどというレベルではない。距離など関係ない。ただ、敵を殲滅するという意思さえあれば攻撃は成立する。


 銀色ヤールン鉄槌グレイプルが纏う高圧電流はさらに強さを増していた。触れるだけで肉体が弾け飛ぶ。そんな雷撃の嵐の中で、メイデンだけが暴れ回っている。


「殺す――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」


 一撃、一撃放つ度に怨嗟を吐き出すメイデン。その度、僕の肉体どんどん抉られていく。最早黒こげになるという可愛い出力ではない。

 殺されても死ねない吸血鬼の特性――その厄介さを身をもって体験する日がくるとは思わなかった。


「死ね! 死ね死ね死ね死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね! 死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 絶叫と共に、轟音が鳴り響く。メイデンの大きく振りかぶった拳は、僕の腹部に大きな風穴を開けた。その衝撃で、僕は為す術もなく壁際まで吹き飛ばされる。


 傷はゆっくりとだが修復していくが――その速度は最初に比べて、明らかに低下している。

 ――燈火の警告に嘘はないようだ。

 このまま攻撃を受け続けたら死ぬ。


「吸血鬼が憎い! 私の全てを奪った吸血鬼が憎い! 吸血鬼さえいなければこんなことにはならなかった! 父や母も命を落とすことなどなかった! 憎い! 吸血鬼の全てが憎い! あまつさえ吸血鬼の恩恵を受けようなどという人間がこの世に存在していいはずがない! 殺す! 絶対に殺す――!」


 僕はメイデンのことを「壊れている」と評した。

 しかし、それは違うのだ。

 のだ。

 怒りを拠り所にしなければ、立ち上がることができなかった。

 憎しみに突き動かされなければ、人の形を保つことができなかった。


 そうまでしなければ、生きられなかった。

 吸血鬼と関わってしまった挙句生き残り、その身が破滅するまで戦う道を選んだ、悲しい少女。

 

 メイデンの頬に、血の涙が伝った。


「まだだ! まだ足りない! まだ殺してない! まだ生きている! 殺せ! 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――殺せ!」


 自らを鼓舞するかのような咆哮を上げるメイデン。よく見ると、彼女は既に、肩で息をしているようだった。更に苦しそうに咳き込んで、血反吐を吐き出している。


 まるでその姿は、限界が訪れて尚、何かに突き動かされるように――


 ――


 その直感に反応したのか、今までの戦闘風景や、メイデンの様子がフラッシュバックする。

 情報と情報が結びついて――ある可能性を浮上させる。


 もし僕の予想が正しければ――この戦闘が長引くことはないだろう。

 どころかむしろ――危ないのは彼女の方だ。


「……そこまでして仇を討つことが、両親の願いなのか?」


 尋ねると、メイデンは鋭い眼光で僕を睨んだ。


「たとえ君が吸血鬼を殲滅したとして――その先に、一体何があるんだ? そんなことをして両親が生き返るのか? 血の上に、新たな血を上塗りして、一体何になるって言うんだ?」


「はッ……何を語りだすかと思えば。まさか私を憐れんでいるのですか? 挙句、私を救い出そうとでも? どこまで人をコケにすれば気が済むやら……」


「そうか。なら言い方を変えよう。?」


「……何を」


 メイデンは、咳き込んで血を吐いた。

 ふらつきながら、何とか立っていられる。それが彼女の状態だった。


銀色ヤールン鉄槌グレイプル。それが一体どんなテクノロジーで高圧電流を発しているか分からない。だけど一つ確実なのは、君がその電流を体内に流し――無理矢理肉体を強化して戦っていることだ。そんな無茶苦茶をすれば、僕を殺す前に君が死ぬ」


 そう――おかしいと思ったのだ。


 何故、人間の肉体を持つに過ぎないメイデンが、僕に雷撃ライトニングケージなどという捨身の技を放てたのか?


 何故メイデンは、吸血鬼の力を借りた僕ですら目に追えないスピードで攻撃を繰り出すことができるのか?


 僕は最初、そんな無茶を可能にするほどの実力が彼女にあるのだと思っていた。しかし、これほどまでに消耗しきったメイデンの姿を見るに、その考えは間違っているのだろう。


 閃きの鍵は、という印象。


 そこで僕が思い出したのは――電気信号。


 人の体は、脳から発せられた電気信号が筋肉に伝わることで初めて動く。その伝達スピードが速いほど、より素早いパフォーマンスを発揮することができる。


 要は――そのプロセスさえ達成すれば人の体は動くのだ。


 高圧電流を発する籠手、なんて馬鹿げたテクノロジーを持つ十字軍のことである。


 


 その結果、メイデンの体に負担がかかり、今の状況が発生していると考えれば辻褄は合う――納得できるかどうかは別にして。



 しかし、吸血鬼やひょうきん丸といった出鱈目な存在を目の当たりにしている僕にしてみれば、今更何が出てきてもおかしいと思わない。


 事実は小説よりも奇なり――なのだ。


「タネを明かされたところで、痛くも痒くもありません」


 メイデンは、僕を睨みつけて言いきった。


「貴方様を殺す前に私が死ぬ。そうかもしれません。しかし――ここで拳を降ろしたら、私は今まで何のために生きてきたのですか。何のために生き延びたのですか」


 メイデンは、ファインティングポーズを崩さない。


「救いなど不要です。吸血鬼に毒されたあなたの力に頼って救われるくらいなら――死んだ方がマシです」


「……」


 彼女の背負っている重圧に比べたら、僕の言葉のなんと薄っぺらいものか。

 なんという曖昧な覚悟か。

 それでは――何を護ることもできないだろう。

 僕は鬼気迫るメイデンの表情から、そんなことを悟った。


「さて、無駄話は終わりです。立っているのが辛いのはお互い様でしょうから――次の一撃でお終いにして差し上げます」


 メイデンは両拳を打ち鳴らし、更なる高圧電流を発生させた。

 青白くスパークする電流の向こうで、腰を低く落とすメイデン。


打ち砕くブリッツオブ電撃ミョルニール――必殺技に名前を付けるのを、格好悪いと思いますか?」


 ただならぬ雰囲気に圧倒されそうになるが、僕も負けじと不敵に笑う。


 メイデンに負けられない理由があるのは分かった。

 しかし――僕だってここで死ぬわけにはいかない。

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