⑪ 終着のオーバーロード

 メイデンの周囲に膨大な電圧が立ち込める。

 それは最早エネルギーという言葉だけでは済まされない。一筋一筋が明確な殺意を持ち、解き放たれる瞬間を今か今かと待つ、収束された死線。


 打ち砕くブリッツオブ電撃ミョルニール――それがメイデンの持つ最大の技だろう。

 それを喰らってなお、立っていられるか分からない。燈火の言うように、吸血鬼の力にも限界がある。僕の肉体の再生力はかなり失われている。


 しかし――僕だってみすみすこんなところで死ぬわけにはいかないのだ。燈火との約束、白炎の願い――僕にだって背負っているものがある。


 腰を低くし、その体制で静止するメイデン。大技に向けて力を溜めているところだろう。本来なら恰好の攻撃の的だが――彼女の周りを取り巻く、暴力的な電圧がそれを許さない。


 逃げようにも、ここは隔離された石畳の部屋――どこにも逃げ場などない。


 万事休すか――と、僕が考えたとき。


「待ってください。なにか、様子が変です」


 燈火が僕の耳元で囁く。


 次の瞬間、異変は起こった。


 メイデンの周囲に立ち込めていた電圧が、行き場を失くしたかのようにバチバチと音を立て、消え去ってしまったのだ。

 それを合図としたかのように、銀色ヤールン鉄槌グレイプルはボロボロと細かい鉄辺となり、地面に崩れ落ちた。


「なッ……」


 驚愕の声を上げたのは、僕でなくメイデンだ。


「どうして……どうしてこんな肝心な時に……」


 メイデンはゆっくりと膝を付き――拳を地面に当て、激しい過呼吸に陥った。

 彼女の肉体の、至る所から煙が上がっている。


「オーバーロード……ですかね。彼女自身の力に、彼女自身が耐え切れなくなってしまった」


 燈火は冷静にそう分析した。


 電圧で無理矢理肉体のパフォーマンスを上げているという推理が正しいなら――そういう現象が起こっても不思議ではない。


 僕と戦うために、彼女は相当な無理を強いていたということだろう。


 無理どころか――限界を超え、極限まで自分を追いつめ、力を発揮し続けた。


 その反動が、今になって訪れたのだ。


「ふ……ふざけるな! こんな結末なんて認めない! 誰が認めるものか! 武器が壊れた程度で、誰が敗北を認めるか!」


 そんな身体の一体どこに力が残っているのだろう。メイデンは驚異的な脚力で地面を蹴り上げると、猛突進を仕掛けてきた。


 決して油断していたわけじゃない。

 僕は、鬼気迫る彼女の表情に気圧されたのだ。

 こんな姿になってまで――まだ、戦意を持っているなんて。


「私は……私は! 十字軍、第三遊撃部隊……副隊長、アイアン・メイデン! 怪物を殺し、全ての吸血鬼を殲滅する者! 鉄拳制裁、力こそ正義、敗北それ即ち死!」


 メイデンは僕の頭を掴むと、想像を絶する怪力でギリギリと締め付けた。


「こんなところで……こんなところで、私が死ぬなど在り得ない!」


「あッ……ぐっ……」


 彼女の手を引きはがそうとするが、全く歯が経たない。それは常識を逸脱した感情、執念の為せる最後の抵抗だった。


 彼女の瞳と向き合っている僕には、その気持ちが痛いほど伝わってきた。どんな覚悟で戦いに望んでいるのかも。


 だけど――僕だって負けるわけにはいかないのだ。

 僕の魂は今や、燈火とリンクしている。ここで僕が死んでしまえば、彼女自身にも影響を及ぼしかねない。


 運よく彼女が生き残ったとしても――彼女の存在を認識できるのは僕だけだ。僕が死ねば、燈火は観測者を失った世界の中で、一人最後の時を迎えることになる。


 何一つ、救いのある物語など知らないままに。


 もしそれを許すのならば――僕の生きている理由など、どこにもない。


「ごめん、メイデン」


 僕はそう呟いてから、

 そして。


 ぎゅっ――と、

 


「――――――」


 声にならない雄たけびを挙げて尚、彼女は僕の頭を掴む手を離そうとはしなかった。だけど最早、その手に一切の力は入っていない。


 メイデンの目はまだ死んでいない。

 彼女は決死の表情で僕を見据えたかと思うと、一気に跳躍した。

 

――手加減はしよう。心の中で、強く決意した。


 満身創痍で僕に飛びかかるメイデンの胸に掌打を当てようとして――


「なかなか楽しい見世物だったぜ」


 空振りに終わる。


 さっきまでそこに合ったはずのメイデンの姿は消えていた。

 代わりに、いつの間にか開いていた石畳の壁の先で――

 メイデンを抱えた、ひょっとこの仮面が立ち尽くしていた。


「お前の勝ちだよ、地上最強」


 ひょうきん丸狂死郎は、心の底から楽しそうに笑った。

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