エピローグ

覚悟と決意をその胸に

「どうだった? ウチの副隊長様と腕試しした感想は」


 ひょうきん丸の執務室に繋がる通路を歩いていた時、彼がそんな事を訪ねてきた。

 正直、やる事為す事、全てにおいて敗北したというしかない。

 僕自身の弱さや、掲げる信念の弱さについて強く認識せざるを得なかった。

 

 弱ければ、何も出来ずに死んでいく。

 強ければ、どんな理想にも手が届く。


 そんなメイデンの言葉を思い出す。


 結局のところ、メイデンに手も足も出なかったのは僕が弱かったせいだ。

 戦い方にしても、信念にしても――

 どうにかして救い出したいなんて理想が及ばなかったのも。


「アイツの家族が吸血鬼に殺されたって話はしてるよな? 実をいうと、その現場に俺ぁ立ち会ってるんだよ」


 ひょうきん丸は楽しそうに、そんなことを言い始めた。


「俺が着いたときには、吸血鬼は食事を終えてその場を去った後だった。残っていたのはバラバラになった白骨と、その傍で泣きわめく怪我だらけのガキが一人――そいつ、いい眼をしていたぜ。、琥珀色の向こう側に、とんでもねぇ決意と覚悟を秘めてやがった。ガキの癖にいい根性してやがる。――思わず俺は訊いちまったね。「怖くないのか」って。そしたらアイツ、なんて答えたと思う?」


ひょっとこの仮面は、僕の返事も待たずに言った。


「『このまま何も出来ず死んでいくのが怖い。このままのうのうと生き延びて、いつかこんな日があったことを忘れてしまうのが怖い』って言ったんだよ。ウケるだろ。自分が死ぬことなんて一つも考えちゃいねぇ。この俺に面白れぇ餓鬼だと思わせたのは、後にも先にもアイツだけだ。だから俺は、アイツにチャンスをくれてやろうと思ったんだ」


 ひょうきん丸に拾われたメイデンは、その後十字軍の施設で大規模な肉体改造手術を受けた。……そうしなければ生き延びれないほど、重傷を負っていたらしい。


 そして手術を終えた彼女は、大きな力を手に入れた。

 化物狩りのための兵器として、生まれ変わったのだ。

 アイアン・メイデンという名前は、その時ひょうきん丸が与えたらしい。


「アイツが強い理由、なんとなく分かったろ? お前が何をどうしようと、アイツは揺るがねぇんだよ。鉄の名前は伊達じゃねぇ。そういう風にできている」


 悔しいが、その通りだった。

 僕は、ひょうきん丸に何も言い返すことができなかった。



 あの後、メイデンは自らの足で治療室に向かっていた。


「……次に会う時が、貴方様の最期の日です」


 そんな台詞を言い残し、メイデンはボロボロの体を引きずりながら、曲がり角の向こうに消えた。


 きっと、彼女とはまた相対するだろう。

 その時――僕は一体、どんな風に彼女と戦えばいいのだろう?

 どんなに考えたところで、今の僕に答えは出なかった。



「さて、と」


 執務室の前まで辿りつくと、ひょうきん丸は振り返って僕を見た。


「心の準備はいいか? 地上最強」


 淡々とした物言いに、いくらかの喜色が浮かんでいる。

 

 ひょうきん丸が再び僕の前に姿を現したということは――検査の結果が出たということだ。

 ようやく、長い間謎だった僕の正体が解き明かされる。


 二つに一つ。

 化物であれば殺される。人であれば、彼らの仲間に入れられる。

 

 どんな答えが出るにせよ、僕は選択を強いられるだろう。


 何を選んだって、苦しい道が待っているのだろう。

 どの道を進んでも、血に塗れた宿命に出会うのだろう。


 ならばもっと――強い意思を持たなければ。

 鉄よりも更に強い、鋼のような意思で。


 あの副隊長がまざまざと見せつけた、強さのように。

 自分自身の運命を切り開く、そんな気概に溢れた、電撃のように眩しい強さを。


 それほどの気持ちがなければ、「救いのある物語」になど辿りつけない。

 いつまでも、中途半端ではいられない。


 優しさだけでは、大切なものを護れない。

 時には残酷であることも――必要だ。


「あなた」

 

 と、燈火が優しく呟いた。


「私も一緒ですからね」


 そう言って、彼女は僕の掌に、自分の掌を重ねた。

 温もりが伝わるのは現実のものか、幻のものか。


「さて――そろそろ始めるか」


 ひょうきん丸は扉を開き、僕たちに手招きした。


「種明かしのパートだ。準備はいいか?」


 


 この先に待ち構えるのが何だろうと、僕のするべきことは変わらない。

 一番守りたいのが何なのか、忘れてはならない。

 例え蛇が出ようと、鬼がでようと――

 メイデンのような真っ直ぐな強さを、忘れてはならない。

 


 そんな覚悟と決意を胸に、僕は執務室に足を踏み入れた。


 

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