エピローグ
覚悟と決意をその胸に
「どうだった? ウチの副隊長様と腕試しした感想は」
ひょうきん丸の執務室に繋がる通路を歩いていた時、彼がそんな事を訪ねてきた。
正直、やる事為す事、全てにおいて敗北したというしかない。
僕自身の弱さや、掲げる信念の弱さについて強く認識せざるを得なかった。
弱ければ、何も出来ずに死んでいく。
強ければ、どんな理想にも手が届く。
そんなメイデンの言葉を思い出す。
結局のところ、メイデンに手も足も出なかったのは僕が弱かったせいだ。
戦い方にしても、信念にしても――
どうにかして救い出したいなんて理想が及ばなかったのも。
「アイツの家族が吸血鬼に殺されたって話はしてるよな? 実をいうと、その現場に俺ぁ立ち会ってるんだよ」
ひょうきん丸は楽しそうに、そんなことを言い始めた。
「俺が着いたときには、吸血鬼は食事を終えてその場を去った後だった。残っていたのはバラバラになった白骨と、その傍で泣きわめく怪我だらけのガキが一人――そいつ、いい眼をしていたぜ。自分だってもう死にかけなのに、琥珀色の向こう側に、とんでもねぇ決意と覚悟を秘めてやがった。ガキの癖にいい根性してやがる。――思わず俺は訊いちまったね。「怖くないのか」って。そしたらアイツ、なんて答えたと思う?」
ひょっとこの仮面は、僕の返事も待たずに言った。
「『このまま何も出来ず死んでいくのが怖い。このままのうのうと生き延びて、いつかこんな日があったことを忘れてしまうのが怖い』って言ったんだよ。ウケるだろ。自分が死ぬことなんて一つも考えちゃいねぇ。この俺に面白れぇ餓鬼だと思わせたのは、後にも先にもアイツだけだ。だから俺は、アイツにチャンスをくれてやろうと思ったんだ」
ひょうきん丸に拾われたメイデンは、その後十字軍の施設で大規模な肉体改造手術を受けた。……そうしなければ生き延びれないほど、重傷を負っていたらしい。
そして手術を終えた彼女は、大きな力を手に入れた。
化物狩りのための兵器として、生まれ変わったのだ。
アイアン・メイデンという名前は、その時ひょうきん丸が与えたらしい。
「アイツが強い理由、なんとなく分かったろ? お前が何をどうしようと、アイツは揺るがねぇんだよ。鉄の名前は伊達じゃねぇ。そういう風にできている」
悔しいが、その通りだった。
僕は、ひょうきん丸に何も言い返すことができなかった。
※
あの後、メイデンは自らの足で治療室に向かっていた。
「……次に会う時が、貴方様の最期の日です」
そんな台詞を言い残し、メイデンはボロボロの体を引きずりながら、曲がり角の向こうに消えた。
きっと、彼女とはまた相対するだろう。
その時――僕は一体、どんな風に彼女と戦えばいいのだろう?
どんなに考えたところで、今の僕に答えは出なかった。
※
「さて、と」
執務室の前まで辿りつくと、ひょうきん丸は振り返って僕を見た。
「心の準備はいいか? 地上最強」
淡々とした物言いに、いくらかの喜色が浮かんでいる。
ひょうきん丸が再び僕の前に姿を現したということは――検査の結果が出たということだ。
ようやく、長い間謎だった僕の正体が解き明かされる。
二つに一つ。
化物であれば殺される。人であれば、彼らの仲間に入れられる。
どんな答えが出るにせよ、僕は選択を強いられるだろう。
何を選んだって、苦しい道が待っているのだろう。
どの道を進んでも、血に塗れた宿命に出会うのだろう。
ならばもっと――強い意思を持たなければ。
鉄よりも更に強い、鋼のような意思で。
あの副隊長がまざまざと見せつけた、強さのように。
自分自身の運命を切り開く、そんな気概に溢れた、電撃のように眩しい強さを。
それほどの気持ちがなければ、「救いのある物語」になど辿りつけない。
いつまでも、中途半端ではいられない。
優しさだけでは、大切なものを護れない。
時には残酷であることも――必要だ。
「あなた」
と、燈火が優しく呟いた。
「私も一緒ですからね」
そう言って、彼女は僕の掌に、自分の掌を重ねた。
温もりが伝わるのは現実のものか、幻のものか。
「さて――そろそろ始めるか」
ひょうきん丸は扉を開き、僕たちに手招きした。
「種明かしのパートだ。準備はいいか?」
この先に待ち構えるのが何だろうと、僕のするべきことは変わらない。
一番守りたいのが何なのか、忘れてはならない。
例え蛇が出ようと、鬼がでようと――
メイデンのような真っ直ぐな強さを、忘れてはならない。
そんな覚悟と決意を胸に、僕は執務室に足を踏み入れた。
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