⑨ 怒髪天衝

 燈火の一言により、どうにか冷静さを取り戻すことできた。

 そして、自分がするべき戦いに気が付けた。


 アイアン・メイデン。

 

 十字軍、空架町支部、第三遊撃部隊、副隊長を務めるメイド服姿の少女。

 電撃を発する籠手、銀色ヤールン鉄槌グレイプルを用い、あらゆる化物を殺し、この世の吸血鬼を殲滅するために戦う少女。


 彼女もまた、吸血鬼に両親を殺されるという、呪縛に囚われている。

 憎しみに突き動かされ、血を血で上塗りする道を歩んでいる。


 僕はどうにかして彼女が血塗れの道から救いだせないか、と考えていた。


「――自らが狂気に囚われていることも、哀れであることも、救いようのないことも分かっています」


 メイデンは、口元から血を流しながら呟いた。

 先ほど僕が直撃させた回し蹴り――どうやら、相当なダメージを与えていたらしい。


 それはそうだ。僕は今、全身が化物だ。それに対して、メイデンは普通の人間に過ぎない。

 どんな強力な武器を使おうと、優れた身体性能を誇ろうと――耐久力は人間のレベル。

 あれだけ綺麗に回し蹴りが決まったのだ。肋骨の数本、折れていてもおかしくない。最悪、臓器が破損している可能性だってある。


 だけど――メイデンは、ファインティングポーズを崩さない。


「だからこそ――私は強くなければいけないのです。弱ければ、何も出来ずに死んでいく。強ければ、どんな理想にも手が届く。吸血鬼を殲滅することも、自らを救い出すことも、狂気から抜け出すことも――」


 メイデンは自らの拳と拳を、強く打ち合わせ始めた。バチバチ、と青白い電流が迸る。


「殺すつもりで参ります。死んでも文句は仰らないよう」


 瞬間、流れるようにメイデンが僕の懐に舞い込んだ。

 先ほどまでの疾さとは次元が違う。回避は間に合わない――

 ならば、応じるしかない。


 メイデンは両腕をフルに活用し、怒涛の連撃を開始する。

 彼女の拳は、最早目で追えるスピードではない。視界の端に留まるのは、殴る動作の終了した残心の姿勢のみ。それもまた蜃気楼のように消え失せ、次の瞬間には残心の姿勢を取るメイデンが目に映る。


 吸血鬼の血によって強化された僕とはいえ、その全てを見切ることはできない。腹部や両腕に、鋭く灼かれた痛みが走る。

 だが――メイデンの攻撃の癖は読めた。あまりにも早すぎる一撃、故に反動も生じる。それこそが、一瞬だけ見える残心の正体だ。


 僕は攻撃の繰り出し終わりにタイミングを定め、メイデンの両腕を掴もうと手を伸ばした。


 ――要は、厄介な両腕の籠手を封じればいい。

 だから彼女の腕を掴んで、身動きされ封じれば――


その瞬間、メイデンの唇が大きく歪んだ。



 メイデンは僕の腕を避けるどころか――


 そして――がっちりと、強く強く、抱擁する。

 女の子の匂いがした。彼女の髪から、紅茶のような香りが舞い上がる。


「殿方には少々刺激が強いでしょうか? ――ですが、本番はこれからで御座います」


 彼女の囁きを最後に、意識が吹っ飛んだ。

 轟音、そして衝撃。

 激痛のあまり、僕はすぐに気を取り戻した。

 

 銀色ヤールン鉄槌グレイプルによる高圧電流の放出――

 メイデンは何の躊躇もなく、そんな捨身な攻撃をやってのけたのである。


 全身から煙を上げながら、僕は両膝をついた。


――最初から誘っていやがったのか。

なんというバトルセンス。

いや……それは違う。僕が弱いだけだ。なんせ燈火と出会うまで、ただの引きこもりに過ぎなかったのだ。


 血塗られた道を歩み、数々の化物を屠ってきた彼女とは、踏んできた場数が違う。


「あなた。いくら吸血鬼の力を借りているとはいえ――このまま攻撃を受け続けると死にますよ。所詮は末裔レベルの血。一時的な強化に過ぎないうえ、再生能力も無限というわけではありません」


 燈火が耳元で囁いた。そういうことはもっと早く言ってほしい。

 無限スタミナ合戦に持ち込むという選択肢も――これで完全に消え失せた。


「殺すつもりで攻撃したのですが――雷撃の檻ライトニングケージを受けて死なない方は初めてです――ふむ?」


 そこで、メイデンは異変に気が付いたのだろう。

 、と。

 思えば、最初の打ち合いの段階で気が付かれたもおかしくなかった。黒こげになった僕の腕が、いつの間にか元通りになっていたのだから――


 だからこそ、その気づきは必然。

 そして――その気付きが、彼女に変化をもたらすことも、また必然。


「そういう――ことでしたか。貴方様は吸血鬼の力を借りて――」


 その瞬間、部屋中に轟音が響いた。


 衝撃のあまり壁や床が崩れ、床に亀裂が生じた。


 怒髪天衝。


 メイデンを中心として、バチバチと青白い光がスパークする。

 今やメイデンの目は大きく見開かれ、瞳孔は開き、髪は悪鬼を彷彿とさせるように逆立っていた。


「殺す」


 少女の声は――同じ人間のモノと思えないほど冷たかった。

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