⑥ ボロ雑巾みたいに

 差し当たって、僕は彼女が何をしていたのか訊ねることにした。


「狂死郎様よりご命令を承りました故。なんでも、貴方様を見張っていろとのこと――」


 そう言って、メイデンはキョロキョロと視線を彷徨わせた。


「狂死郎様によれば、貴方様は時折、を探すように視線を彷徨わせているようでしたから――


「そうですか」


 と、僕はとぼけた口調で言った。

 ――ひょうきん丸。あの男、勘付いていたか。

 内心、僕は焦っていた。

 燈火の存在が知られてしまえば、彼らの矛先が燈火に向いてしまう可能性もある。

 燈火を危険な目に遭わせることだけは、避けたい。

 だからこそ、ここで本心を悟られるのはよくない。本能的にそう思った。


「吸血鬼の亡霊が憑いてこないか不安なんだ、と言ったらどうします?」


「ご冗談を。吸血鬼を殺すほどの腕前を持つ貴方様のこと、幽霊程度に怯える姿など想像出来かねます」


 化物狩りの視点からすれば、吸血鬼>幽霊というパワーバランスが成立しているらしい。

 そういう一見関係なさそうな情報でも、得られただけで儲け物。

 まだ見えていない燈火への興味も逸らすことができたようだし、咄嗟に口を付いた冗談にしては上出来だった。

 ……上手く誘導すれば、もっと有益な情報を得られるかもしれない。

 

 少し――試してみるか。


「それにしても、隊長直々の命令とはいえ、僕なんかのことをずっと見ているのは退屈でしょう。もしよかったら、少し僕とお話しませんか」


「お話、ですか」


「ええ。正直いうと、少しでも気を紛らわしたいんですよ。検査の結果によっては――僕は死んでしまうようですので。その恐怖を、少しでも紛らわしたいんです」


 我ながら白々しいにも程がある言い草だったが――メイデンは瞳を閉じ、黙考するに留まった。


「そうですか。それは私にとっても僥倖でございます。私も、あなたに伺いたいことがございました故――」


「そうなんですか? 僕に答えられることでよければ、何でも答えますよ」


「左様ですか。では、遠慮なく」


 メイデンは、小さく可愛い咳払いをした後、僕に訊ねた。


「吸血鬼を殺す気分はどんなものでしたか?」


「……えっと」


 いきなり常軌を逸した質問が飛んできた。


、地


 淡々と、なんの感情も露わにせず――

 琥珀色の瞳は、真っ直ぐに僕を見つめる。


 その瞳を見て、僕は直観的に悟ってしまった。

 この子は――もうとっくに壊れてしまっていると。

 再生不能。再起不能。

 不意に、ひょうきん丸の言葉が脳裏を過る。


『――化物を狩ることでしか個性を生かせない連中の、最後に辿りつく場所が、遊撃部隊ここだってだけの話だ』


「私の両親は、まだ私が小さい頃、吸血鬼に殺されてしまいました。それ以来、私はこの世の吸血鬼を滅ぼすためだけに生きている。それだけが私の喜び。それだけが私の生甲斐。私の楽しみ。私の目標。何を投げ捨ててでも、成し遂げなければいけない使命。私が、私でいる証。いま、私が生きているということ」


 そこまで一息に喋りきったあと、メイデンは「あ」と小さく呻いた。


「私としたことが、少々口が過ぎました。私と話をしたいなどと仰る方が今までいなかったものですから――卑しくも、ついつい浮かれてしまいました」



「卑しくなんてないですよ」


 僕は努めて笑顔を浮かべるよう心掛けていたが、上手くできていたかは分からない。


「私は、貴方様のお話を窺ってから、ずっと尊敬の念を抱いておりました。私が今まで成し遂げえないことを、たった一人で成し遂げてしまったのですから。特殊な装具も用いずに、自らの力のみで。その事実が、一体どれだけ私を勇気づけたことか。その事実が、どれだけ私にとって希望をもたらしてくれたか――」


「そんな。たまたまですよ」


 僕はそう言ったが、メイデンの賞賛は止まらない。


「貴方様はそう仰いますが、もっと自らのお力を誇るべきです。あの狂死郎様ですら怪物狩りの際には特殊装具――魔滅鉄砲まめてっぽう種子島たねがしま】を用いるのです。つまり、どんな人間であろうとも、素手で怪物を狩り殺すなど不可能。その不可能の所業を、貴方様は達成されているのです」


 ――ほう。

 「特殊装具」という言葉は、後々キーワードになりそうだ。


 それにしても、彼女の饒舌ぶりはありがたい。なまじ僕を尊敬しているというだけあって、ついつい口が緩んでしまうようだ。どんどん情報を得られてしまう。


 この調子でひょうきん丸の弱点なども聞きだせたら文句なしなのだが――と。


 そこで僕は、メイデンが視線を向けているのに気が付いた。


 相変らず、なんの感情も映さずに、真っ直ぐ僕を見つめる琥珀の瞳。


 しかし――僕はそこに、モノの価値を見極めようとするような、疑り深い視線が混じっていることに気が付いた。


「貴方様。私の如き身分が烏滸おこがましいことは重々承知の上、お願いが御座います」


「な、なんですか……? 僕でよければ、なんでも応えますよ」


 その一言が、命取り。

 結局のところ、僕は油断しきっていたのだ。

 徹底的に下手を貫き通す、副隊長に。

 僕に信仰すら覚えている、可憐な少女に。


 その中身は――もう壊れきっていると知りながら。


 僕は、彼女をあくまで「普通の人間」として図っていたのだ。


「男子たるもの二言は御座いませんね?」


 ニコリ、とメイデンは微笑むと。

 両腕を水平まで上げ――両拳を打ち鳴らす!

 鉄同士の擦れる小気味いい音が、辺りに響き渡った。


「上層部の方々は貴方様の正体を見極めかねているご様子ですが、


――彼女の籠手に迸る青白い電撃が、バチバチと激しい音を鳴らした。


「だから貴方様も

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