④ 真・本題

「ここに連れて来られた理由が聞きてぇんだったか?」


 空になったティーカップをメイドに預けつつ、ひょうきん丸は言う。


「勿体ぶるのも馬鹿くせぇから言うが――十字軍はお前の正体が知りたいんだよ。吸血鬼を殺したのは本当にただの人間なのか? それとも人間の皮を被った化物なのか? まずはそいつをはっきりさせたい。処分を決めるのはそれからだ、と――どうやらお偉いさん方はそう考えているらしい。……面倒だと思わねぇかぁ、メイデン? どうせ危険な存在なんだ、ゴタゴタ考えず殺しゃあいいものを」


「お言葉ですが狂死郎様。そうすると仮に彼が人間だった場合――「人類を護るための戦い」という十字軍の理念に反してしまうのでは御座いませんか」


「分かっちゃいねぇな。。つまり、危険な人間を片っ端から殺す、それが人類の繁栄に繋がるって構図さ。救えねぇことにな。……んなことより、さっさと客人に茶でも出せ」


「かしこまりました」


 メイデンは小さく一礼した後、僕の目の前にティーカップを置いた。

 湯気が立ち、紅茶の香りを運んでくる。

 何の銘柄か分からないが、とてもいい匂いだ。


「ありがとうございます。早速頂戴したいので手の拘束を外してくれませんか」


「やだね」


「……」


 だったら最初から茶など出すな。


 まぁ、どうせ飲む気なんて無いけれど。


 この状況で敵の出すものに口を付けるほど、僕は愚かではない──

 大方、睡眠毒か麻痺毒あたりが入っているのだろう。


「十字軍が、僕に検査を受けさせたいということは分かりました。それで、検査結果が出たらどうなるんですか?」


「二つに一つだ」


 とひょうきん丸は言った。


「一つ。まずお前の正体が化物だった場合。お前は俺達の脅威と見なされ、その場で殺される。二つ。これはお前が人間と認定された場合。


「な――なんだって?」


「当然だろうが。ここまで俺たちの秘密を知った奴を、のこのこ返すわけにはいかねぇ。曲がりになりにも秘密結社だからな。十字軍の存在は間違っても公に知られちゃいけねぇ――だからこそ二つに一つ。


 ひょうきん丸は、ぐにゃりと顔を歪ませて笑った。


「俺はどっちでもいいがな。吸血鬼を殺した化物と死闘を演じるのも悪くねぇ。人間の身でありつつ吸血鬼を殺したイカレ野郎と仕事するのも面白ぇ――そう思わねぇか、メイデン?」


「…………」


 メイデンは、黙考するように目を瞑っている。


「ああ、そういや。骨だけ残し、血肉の全てを食い尽くされて。……嫌なことを思い出させたか?」


「いえ。狂死郎様に思い出させていただくまでもなく、その日を忘れたことなど御座いません」


「かかか、結構結構。肝が据わっていやがるぜ。それでこそ俺の見込んだ副隊長様だ――さて」


 ひょうきん丸は、再びひょっとこ面を付け、僕を見た。


「まぁ、話としてはそんなところだ。質問はあるか?」


「……」


 参ったな。

 話がどちらに転がろうと、僕たちへのメリットが少なすぎる。


 もし仮に検査の結果、僕の正体が人間だと判明しても、ひょうきん丸の口ぶりからすれば遊撃部隊への配属は確実。


「人類を護るための戦い」という理想を掲げているとはいえ――その実態は化物狩りの集団である十字軍。


 積極的に何かを殺す組織に入るなんて、まっぴら御免だ。


 僕はただ、燈火と「救いのある物語」を追い求めたいだけなのだ。


 二つに一つ、など知ったことではない。


 どちらも受け入れない――それが僕たちの答えだ。

 

「断ると言ったらどうします?」


 試しに意思表示してみると、ひょうきん丸の表情がぐにゃりと歪んだ。


「なに、


 ひょうきん丸が指を鳴らす。その音に、メイデンが反応した。


 彼女は片手で僕の顎を、もう片方の手でティーカップを持ち、どぼどぼと、僕の口へ紅茶を注いだ。

 ただのメイドとは思えないほどの怪力だった。

 手を拘束されているとはいえ、僕は抵抗も出来ずに、紅茶を飲み下してしまった。

 

 ――そしてまた、意識が反転する。



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