③ 本題
いつの間にか意識を失っていたようだ。
目を覚ますと、僕は石畳の部屋で寝そべっていた。
まるで牢獄のような空間。格子で囲われた窓と、出口の扉以外には何もない。天井、壁、床、全てが石で覆われており、そのせいか肌寒さを感じた。
僕の耳元で、少女の呻く声が聞こえた。
どうやら、燈火も気を失っていたらしい。
「ん……? ここは……?」
「分からない。なんだか牢屋みたいな部屋だな」
念のため、僕は小声で喋った。
この部屋のどこかに、監視カメラが仕掛けてある可能性もある。
ここがどこかなど知る由もないが、敵の本拠地である可能性は限りなく高い。
用心して、し過ぎることはない。
「そうですね。慎重にいきましょう。……それにしても、これは新しい発見です。どうやらあなたの意識が途絶えると、私も同様に意識を失ってしまうみたいですね」
「それは不便な話だ」
「それだけお互いの魂が強く結びついているというでしょう。……いよいよ、一心同体っぽくなってきましたね」
燈火は、悪戯っぽく笑った。
内心、僕の考えてることを読み取って楽しんでいるのだろう。
「それを言うなら僕の方も一つ発見だ。どうやら、僕から燈火の思考を読むことはできないらしい」
「それは朗報ですね。女子としての尊厳が守られました」
「僕が屑みたいな物言いをするのはやめろ」
燈火を殺している身とすれば屑呼ばわりされても文句は言えないが――なんて笑えない冗談はさておき。
緊張感のない会話をしていると、突然ゴゴゴゴ……と地鳴りが響く。
その音と共に、ゆっくりと石壁が開かれていく。
どうやら僕たちが石壁だと思っていたのは、天然の扉だったらしい。
扉が開いた先で待ち構えていたのは――ひょっとこ仮面の男だった。
「よう。お目覚めかい」
からん、ころん。
ゲタを鳴らしながら近寄ってきたひょうきん丸は、フランクに僕の肩を叩いた。
「そろそろ本題に入ろうじゃねぇか」
※
ひょうきん丸に連れてこられたのは、瀟洒な応接室のような空間だった。一面の赤い絨毯にシックな机、ソファ。天井にはシャンデリアまでぶら下がっている。
「ここは俺の執務室だ。まぁ俺は執務なんぞやったことねぇがな。……適当に座ってくれ」
正面の大きなデスクに腰かけながら、ひょうきん丸は言った。
彼の正面にあるソファに腰かける。
腕に枷がはめられた状態で座るのは、意外と難しいことを知った。石の牢獄から出される時に足の拘束は解かれたが、手の方は未だ解かれていないのだ。
「本題に入る前に、拘束を解いてくれませんか? 落ち着いて話を聞くには窮屈なんですが」
「嫌だ」
「……」
駄目だ、ではなく嫌だ、と来たか。
僕は周囲を眺めるフリをして、燈火の姿を探した。
燈火はもの珍しそうな視線で部屋中を見回しながら、ふよふよと漂っている。どうやら興味が抑えられない様子だが、少しは緊張感をもってほしい。
「さて、どこから話したもんか」
と、ひょうきん丸。
腕を組み、リラックスしてデスクに腰かけているが――彼の右手には、しっかりと握られている。
――
油断するな、と自分に言い聞かせる。目の前にいるのは、何を考えているか分からない男だ。
次の瞬間、魔滅鉄砲で頭を撃ち抜かれる――そんな可能性だってゼロではないのだ。
「まず、僕を拘束し連行した理由から教えてほしいんですが」
会話のペースを掴むために発言すると、ひょうきん丸は退屈そうに言った。
「そりゃ最初に言った通りよ。吸血鬼殺しの容疑がお前にかかっている。てかなんだお前、吸血鬼を二人も殺しといて、何も起こらねぇと思ってたのか?」
「……心当たりがないですね」
「心当たりがないですね。ふん、気に食わん
ひょうきん丸は溜め息を吐き、こう続けた。
「事情を知らんお前に丁寧な解説をしてやるから、よく聞け。俺たち十字軍ってのは、化物を狩り、人類の安全を確保するために活動している。特にも遊撃部隊ってのは、人類の脅威になりそうな奴を、積極的に排除するための部隊だ。……実力派集団の集まり、といえば聞こえはいいが、実際はそんな綺麗なもんじゃねぇ。化物を狩ることでしか個性を生かせない連中の、最後に辿りつく場所が、ここだってだけの話だ」
ひょうきん丸の話し方は、若干脅しがかっているように聞こえた。
『あまり舐めるんじゃねぇぞ餓鬼が』――といったところか。
「その遊撃部隊の、三番隊長であるあなたが僕の前に現れた、ということは、――僕は十字軍にとって、排除する化物に認定されたということですか?」
「ハズレだ。ならあの場でとっくに殺してる。……お前の処分は、上の連中がまだ決めかねている段階なんだよ。なんせ規格外の話だ。吸血鬼をこの短期間に二人も殺したっつーただの人間は、お前が史上初だからな」
史上初、と言われたものの実感が沸かない。
燈火を殺した時も無意識だったし、白炎に至っては殺したというより、彼の自殺を止められなかったと言う方が正しい。
まぁ、そんな言い訳がこの男に通用かは別として――
「僕の質問の答えになっていません。どうして僕をここに連れてきたのか――或いは、僕をここに連れてきて何をするつもりなのか。それを教えて下さい」
「まぁそう焦るな。ゆっくりいこうや――ちょうど茶も入ったみたいだしな」
そのタイミングで、執務室にノック音が響いた。
「入れ」
ひょうきん丸が許可すると、扉が開いた。
そこから現れたのは、メイド服の少女だった。
白と黒を基調にした落ち着いたデザインの服。それに調和するかのような、上品な顔立ち。腰まで艶やかに流れる黒い髪。琥珀を閉じ込めたような色の瞳。
一瞬、目を奪われてしまった。それほどに完璧な美しさを持つ少女だった。
ただ――ひとつだけ気になる点があるとすれば。
「あのメイドさん、どうして
燈火が僕の疑問を代弁した。
そう――ただのメイドにはおおよそ必要がないと思われる、仰々しい鉄の籠手が、彼女の指から肘までを、すっぽりと覆っているのである。
……ひょうきん丸の趣味か?
ありえない話ではない。
メイドさんは紅茶の乗ったお盆を片手で持ちながら、慎ましく一礼をした。
「お茶をお持ちしました」
「ご苦労、メイデン」
ひょうきん丸はティーカップをひったくるなり――がぶがぶと飲み始めた。
もちろん、仮面を外して。
「…………」
いや外すのかよ、それ。
「……仮面、外すんですね」
「あ? 当然だろうが。じゃなきゃどうやって飲むんだよ。馬鹿かお前」
当然といえば当然なのだが、何故か不意に落ちない僕だった。
「……なんだか調子が狂いますね」
と燈火が呟く。
思わず「僕もだよ」と言いそうになってしまった。
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