② 拘束――移送
「十字軍とは、要するに化物狩りの集団です」
ひょうきん丸に手足を拘束された僕は、突如上空に現れたヘリコプターによって拉致された。
移動中は当然のように目隠しをされていたが、何者かの刺さるような視線は常に感じていた。おそらく、ひょうきん丸のものだろう。
どこに連れて行かれ、何をされるか分からない。
隙を見て脱出したいところだが、手足を拘束するピンク色のブヨブヨした枷は、どんなに力を入れても千切れなかった。
ヘリに乗せられてからどれだけの時間が経っただろう。
ひょうきん丸の視線に窮屈さを覚え始めた頃、燈火が呟いた。
「母や祖父母が生きている頃、何度も言われました。十字軍を名乗る連中に出会ったら、抵抗しても無駄だから諦めろ。彼らが本気を出したら、たとえ吸血鬼でも逃げられないということです。――だから、一番いいのは、彼らに目をつけられないことなんですよね」
今更そんなことを言われても、と思う。
そういえば、ひょうきん丸は「吸血鬼を殺害した容疑で拘束する」と言っていた。まるで警察のような物言いだが、十字軍とはそういう機関なのだろうか?
「どうでしょう。秘密結社と言っていましたから、警察ともまた違う気がしますけど」
先ほどから燈火は、僕の思考を先読みするような発言ばかりする。……どうしてだろう?
困惑する僕をからかうように、燈火は笑った。
「私たちの魂が繋がっている、という話はしましたよね? その影響か分かりませんが――あなたの心の声が、聞こえてしまうみたいです」
何でもないことのように彼女は言った。
……大切なことを言う時は、いつもこうだ。
しかし、この状況においてはありがたい話だった。なんせ、ひょうきん丸に知られることなく情報のやり取りができるのだから。
(十字軍とひょうきん丸狂死郎について、知っていることは?)
僕は心の中で呟いた。
これからのことを考えると、情報はあって困ることはない。
燈火は少し考える素振りを見せたのち、口を開いた。
「十字軍に関しては私も詳しくありませんが――そうですね。彼らは人間を守るために結成された組織だと聞いたことがあります」
(人間を守るために?)
「そう。化物を狩るのはあくまで手段。人間を守ることこそが、彼らの本懐。そのためには手段を選ばない――殺すと決めたら必ず殺す。そういう徹底しているところが、吸血鬼すら恐れる所以なんだとか」
そしてこれは推測に過ぎませんが――と、燈火は続ける。
「もしかすると……十字軍はあなたの存在に危険を感じたのかもしれません。吸血鬼を殺せるほどの力を持った人間。それがもし、人間に危害を加えたとしたら?」
なるほどな。ありそうな話だ。
人間だって、二人殺せば凶悪殺人犯として指名手配される。
殺した相手が吸血鬼ともなれば尚のこと――
野放しにするのは危険だと、誰にだって分かる。
「次に、ひょうきん丸さんについてですが――正直、彼のことは何も分かりません。ですが、遊撃部隊は十字軍の中でも特に実力を持ったメンバーで構成される、いわば実行部隊という位置づけです。そんな中で隊長を務めるくらいですから、相当な実力を持っているとみて間違いないでしょう」
実行部隊――要するに、戦闘員か。
手段を選ばず、殺すと決めたら必ず殺す。
最前線で血を浴び続ける、実力派集団。
そんな集団の隊長クラスが直々に出迎えた――とすれば、僕はよほど特別視されているということだろう。或いは、よほど警戒されているか。
ここで一旦、燈火から得た情報を整理する。
僕は化物狩りの集団に、危険な存在として認識されている。
彼らは僕を拘束し、どこかへ運び、何かをしようとしている。
エスコート役は遊撃部隊の隊長。つまり、逃げることは困難である。
……どうやら、かなり絶望的な状況に立たされているらしい。
「まぁ、どうなるかは分かりませんよ。私の知識も結構断片的ですからね。推測を並べているに過ぎません。事情聴取だけされて解放、という展開だって在り得ます」
燈火は極めて楽観的に言う。
「それに、いざという時は私の血を飲めばいい話です。案外あなたが本気を出せば、ひょうきん丸さんだって倒してしまえるかもしれませんよ?」
そう上手く事が進むかな。
それに、進んで吸血鬼の力を借りたいとも思えない。
確かに、燈火の血を飲んだあの時――
力が満ち溢れて、万能感が得られたのは認めよう。
しかし――その力は、未だ底知れないのだ。
どこまでも力が溢れ、どこまでも自意識が肥大する。
今にして思えば、燈火の言う通りだ。
あのパワーアップが、吸血鬼の力だけに依るものだとは思えない。
安易に手を伸ばし過ぎると――簡単に呑み込まれてしまうかもしれない。
僕の中に潜む、正体不明の深淵に。
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