⑤ 反撃開始
白炎は、瓦礫の中に一人の男を見つけた――その男は既に、死んでいるのではないかと思えた。身に纏う服はボロボロで、全身血塗れ、傷だらけ。
これが普通の人間であれば、白炎は「死んだ者」として放置しただろう。
だが――この男は殺さなければならない。嫌な予感は、未だに背筋に張り付いている。完全に殺した、と確認するまで油断は出来ない。それなら、自分の手で殺めるのが一番だ。
野ウサギを背後から仕留めんとする狩人の如く、慎重に、ゆっくりと、白炎は男に近寄った。
そして、男にギリギリまで近づいたところで――疾走。文字通り、風の如くスピードで駆ける。
そして、男の頭蓋骨目掛けて――思いっきり、利き足を振り上げた。
いかなる生物であれ、首を跳ね飛ばせばそれでお終い。
「死ね! 娘の苦しみを味わいながら、存分に苦しんで死ね!」
白炎は、渾身の想いを込めて、利き足を――天高く振り上げた。
遅れて、「ぱぁん」、と。
乾いた音が響く。
――しかし。
天高く振り上げた自身の爪先を見て――白炎は驚愕する。
足首から先が、無い。
消え去っている――弾け飛んでいる。
だとすると、さっきの音は――
「……馬鹿な」
白炎が、おそるおそる男に視線を向けると――彼の手には。
握られている。得も知れない肉片が。
つまり、先ほどの乾いた音は、男の首を刎ねた音ではなく。
白炎の足首から先が、握り潰された音だった。
「馬鹿な――馬鹿な馬鹿な馬鹿な」
白炎はその時、再びミスを犯したのだと気付いた。
本当に確実に殺したいのであれば――狙うのは首を刎ねることではなく。
極力、この男に近寄らないことではなかったのか――いや。
それ以前に、この男と関わってしまったことが、間違いだったのではないか。
今まで体験したことのない現象に、白炎は根源的な恐怖を覚えた。
今や彼は、死体と変わらない姿の男に気圧されて、身動き一つ取れなくなっていた。
蛇に睨まれた蛙。
この膠着状態を表現するのに、これほど適切な表現はない。
そんなことをしている暇があれば、彼は逃げるべきだった。それが、彼の生き延びる最後の手段だった。
だけど――それももう、時間切れ。
ぼろぼろの男は、ゆっくりと立ち上がる。
そして、決意に満ちた表情で、白炎を見つめた。
「ひ」
それは、どこにでもいるただの人間に過ぎなかった。
しかし、男の瞳が映す暗黒は、底知れない深淵そのもの。
「――娘の苦しみを味わいながら、存分に死ね、か。だんだんと悪役が板に付いてきたな」
男は一歩、また一歩と白炎に詰め寄る。
「それはこっちの台詞だよ、高坂 白炎。お前こそ、燈火の無念を思い知れ。死んでも死ねない、その苦しみを――存分に味わって苦しんで死ね」
さぁ、反撃の時間だ。
生き残るための戦いを始めよう。
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