④ 高坂 白炎の心中

 白炎は疑問に思っていた。

 何故、ただの人間に過ぎないこの男は死なないのだろう?

 

 怒りに任せて力を解放し、暴風域に男を閉じこめた時は、それで終わりだと思った。――人間如きを本気を出してしまった、という羞恥すら感じていた。


 しかし五分経っても、十分経っても、男はまだ死なない。死ぬ気配を感じない。

 暴風域の向こう側から、確かにまだ呼吸音が聞こえる――吸血鬼でなければ拾えない程度の微かな呼吸だが、それでも生きているのだ。


 異常だ。あの量の瓦礫が舞う暴風域の中で、それだけの時間を耐えられるはずがない――避けている? あり得ない。あの中には回避不能なサイズの柱や鉄筋も混ざっている。


 だったら普通、死ぬだろう――瓦礫に直撃すれば、かすり傷では済まない。骨や内臓だってダメージを負うだろう。出血多量や激痛によるショック死だってあり得る。


 しかし――現実問題として、男は生きているのだ。

 吸血鬼の本気に晒されて、なお。


「……失策だったな」


 冷静に考えてみれば、一人殺すのにここまで大仰なことをする必要は無い。

 割れた窓ガラスの破片。一枚分もあれば、それで十分。

 なのに、怒りに我を忘れ、制御不能な技を使ってしまうなどと。

 そんなことをする必要は――どこにもなかったのに。

 男の作戦に――まんまと、引っかかってしまったわけだ。


「……引きずり出して殺すのが確実か」


 白炎はそう判断し、風の力を操作する。ゆっくりではあるが、風は徐々に勢いを弱め、それにつれて瓦礫も地面へと落下していく。

 白炎は、冷静さを取り戻していた。

 そして――男を、ただの人間ではなく、「敵」として認識した。


「…………」


 しかし――

 あの男は、本当にただの人間に過ぎないのだろうか?

 これだけ痛めつけて、まだ生きているということがあり得るか?


 燈火が目の前で自殺した、というのもあくまで彼の弁に過ぎない。

 話の内容に説得力こそあったが――証拠がない。

 証拠がない以上、あの男が燈火を殺したという可能性は――捨てきれない。


「……吸血鬼を殺す人間、か」


 

 化物か、殺人鬼か。

 或いは――妖怪変化の末裔か。


 何でもいいが――娘の死に関わっていることを抜きにしても、あの男を生かしておいてはいけない。そんな予感が、彼の脳裏を過っていた。


 夜の王の直感が、告げている。


 自分は何か、とてつもなく大きな流れに巻きこまれているのではないかという、嫌な予感。

 

 嫌な予感ほど――よく当たる。


「……まさかな。馬鹿馬鹿しい」


 一笑に付しながら、白炎は瓦礫の山へと一歩踏み出した。


 底知れない深淵に覗き込まれている感覚は、拭い去れないままに。

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