第二章 死闘、高坂 白炎
① 開戦
それからは、全てが一瞬の出来事だった。
窓際の壁が、轟音と共に崩壊した。
そして瓦礫を蹴散らしながら、一人の男が現れる。
深緑色のローブで身を包んでいるが、とてもなく体格が大きい――二メートルを悠に超えるであろう体格。ローブの隙間から窺える肉体は、衣服を着てなお、隆々とした筋肉の存在を主張している。
鷹のような鋭い眼光が、僕を見下す。男の顔には大きな傷が、右目から鼻、唇を横切るように刻まれていた。
「逃げてください!」
という燈火の悲鳴も虚しく、いつの間にか僕の肉体は宙づりになっていた。
彼は、万力を思わせる強力な握力で僕の首を締め上げた。
――いや、万力という表現ではまだ可愛い。なんせ彼は、首ごとねじ切らんとする勢いで、今なお力を込め続けているのだから。
さながら、ギロチンと呼ぶに相応しい。
このままでは──窒息死どころか、首をねじ切られてしまう。
どうにか彼の腕を振り払えないか、抵抗を試みるが全く話にならない。力の次元が違う。
このままでは――死。
「あなた! 大丈夫ですか!?」
燈火が男に近寄り、どうにか僕を解放しようとするが――彼女の腕は、すり抜ける。魂だけの存在であり、僕にしか認識できない彼女は、他人に接触することができない。
そんな僕の視線を感じ取ったのか、男の目線は、僅かに燈火の方へと向けられた。
その一瞬のスキを、僕は見逃さなかった。
首を掴んでいる手に両腕でしがみ付いて、逆上がりの要領で体を思いっきり回転させる。それに釣られる形で、男の腕も追従するように回転した。
無理な方向に手首が回ったことで、拘束がいくらか緩む。全身を使って抵抗して拘束から脱し、転げるように距離を取った。
必死で呼吸を整える。燈火が心配そうに駆け寄るが、それに応える余裕はない。
なんて奴だ。
本当に――殺されるところだった。
「あれは、私の父です」
と、燈火が僕の耳元で囁いた。
「
そうしたいところは山々だったが――足元が縫い付けられたように動かない。
恐らくそれは、根源的な恐怖に支配されていたからだろう。
ヘビに睨まれた蛙――この膠着状態を表現するなら、他に相応しい言葉はない。
「人間か」
白炎が、ぽつりと呟いた。ずっしりした重みのある声。それだけで僕は、背筋に冷たいものを感じてしまう。
「僕に何の用だ」
震える唇でなんとかその一言を絞り出すと、白炎の鋭い眼光が僕を捉えた。
「匂うのだ、貴様から───我が同族の血、そして魂の痕跡が。……私の子供が昨日からずっと行方知れずなのと、何か関係があるのではと思ってな」
一歩、白炎は僕に歩み寄った。
「返答次第ではただで済まさんぞ人間。なぜ貴様から血と魂の香りがする? 私の子供をどうしたのだ?」
「……」
答えれられるわけがない。
あなたの娘は、昨日僕が殺しました、などと――
「あなたの娘さんなんて知りません。人違いではありませんか?」
「娘? いま、娘といったか」
白炎の表情が、険しくなった。
「私はさっきから「私の子供」としか言っていないのに――何故、女子であると分かったのだ?」
しまった、と思っても今更遅い。
こんな簡単なミスディレクションに引っかかるようでは――
最早、言い訳のしようがない。
「口を閉ざすか。言えないほど後ろめたい理由があるのだな?」
白炎は、決意に満ちた眼光で僕を射抜いた。
「どうやら。正直なところを話してくれるまで訊ね続けるしかないようだ――」
吸血鬼 対 僕。
それはどこからどう見ても、絶望的な図式でしかなかった。
「あなた。……一つ提案があるのですが」
僕の耳元でこそり、と囁く燈火。
それは果たして、起死回生の策になるのだろうか――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます