⑧ 救いのある物語

「そろそろ、あなたのことを教えてくれませんか?」


 燈火の台詞で、僕は現実に戻った。

 考えすぎると、ついつい現実から離れてしまう。僕の悪い癖だ。


「僕のこと?」


「そうです。さっきから私のことばかり紹介して、あなたのことを何も教えてもらっていません。私も、あなたの事が知りたいんです」


「知りたい? ……自分を殺した相手のことを?」


「ええ。私を救ってくれた恩人が、一体どんな人か、気になるんです」


 燈火は相変わらず、穏やかな笑顔を浮かべていた。

 恩人、と言われて嫌な気分になるのは初めてだった。


 僕は、殺したくて彼女を殺したわけじゃない。

 気が付いたら、そうなってしまっただけの話。


 いや――むしろ、その点を燈火に理解してもらういい機会なのだろう。


 殺傷症候群について語れば、それがそのまま僕の自己紹介になる。

 そう考えれば丁度いい。


 僕が自己紹介を始めると、燈火は食い入るように相槌を打って真剣に聞いていた。


 一通り話し終えると、彼女は「それは大変でしたね」とねぎらいの言葉を送ってくれた。


「それにしても不思議な症状ですね。話を聞く限り、意識を失っている時のあなたは、人間離れした力を発揮できるようです。人体を手刀で貫通したり、数十人ものクラスメイトを一人残さず重傷にしたり――いくら原因不明の病気とはいえ、不自然な話だと思います」


 燈火の疑問は最もだった。僕自身、その底知れない症状に恐ろしさを覚えたからこそ、極力人と会わないようにしてきたのだ。


「もしかするとあなたも、「私のように人ならざる何か」なのかもしれませんね」


「はっ。そんな馬鹿な話が……」


「あ、やっと笑った」


「え?」


 燈火に指摘され、頬を突かれる。その時初めて、自分が笑っていることに気が付いた。


「ちゃんと笑えるんですね」と、燈火は悪戯っぽく微笑んだ。


 そんな楽しそうな表情を見ていると、僕の中でが膨らんだ。

 

 もし僕たちが、普通の人間だったら。

 何かの拍子に出会い、親しくなり、今のように冗談を言い合えるような仲になれていたかもしれない。

 

 それこそ馬鹿な話だ。こんな話を彼女にしたら、「目を逸らしたって無駄なことです」なんて呆れられるかもしれない。

 

 だけど彼女の魂は――まだ、ここにある。


 ならば、全て終わった気になるのは、早過ぎるんじゃないか。


「なぁ、燈火。……せっかく吸血鬼の呪縛から解放されたんだ。どうせなら、もっと救いのある話を目指してみないか」


 燈火は、相変わらず穏やかに微笑みながら答えた。


「そんなものが本当にあるのなら、是非見てみたいものですね」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る