閑話休題
⑨ 魔滅鉄砲 【種子島】
からん、と。
ひょっとこ仮面が地面に落ちる。
露わになったのは――獣のように飢え、鋭く血走った眼。
死神を思わせる凶悪な笑み。
口元から覗く、禍々しく逞しい二本の牙。
そして――天をつんざくような、真紅の角。
彼は一度、執務室で一度仮面を外しているが――その時は、決してこんな顔じゃあなかった。
変貌。
或いは、変身。
まるで、隠していた力を解放でもしたかのような――
「さぁ。本当の地獄はここからだ」
死刑宣告めいてひょうきん丸は言い放ち、手を引き抜いた。
途端に、鮮血が吹きだした。
ああ、これが全部自分の血なのか――と驚くほどに、激しい勢いで噴出する血。
いや――そんなことに驚いている場合ではない。
それよりも、ひょうきん丸の姿は――
「まるで鬼みたいだ、ってか?」
凄惨な笑みを浮かべて、ひょうきん丸は答えた。
「言ったじゃねぇか。鬼の因子を持つ人間自体はいるんだよってな――つまりお前よりも先に、そういう人間が存在していたということ――そして、その人間が十字軍にいたところで、いやむしろ十字軍が保有していたと考えるのが自然じゃねぇか?」
考えてみれば、ひょうきん丸の言うことは理に適っている。それしかない、と考えてもいいくらい正当だ。
十字軍――遊撃部隊。
化物狩りでしか個性を発揮できない人間が、最期に辿りつく場所。
そこに待ち受けているのが、鬼だとしても。
何もおかしいことは――ない。
むしろ――妥当とすら思えるほどだ。
「だとしても、お前は疑問に思うだろうな。圧倒的な鬼の力を持っていながら、どうして最初からそれを使わないのか? どうしてこの局面になって、鬼を解放してきたのか?」
まるで見透かしたように、ひょうきん丸は言う。
――その通りだ。僕はそれが気になって仕方ない。
なぜ人間のままで戦おうとする? 魔滅鉄砲などという装具に頼る?
素手で人体を貫くほどの力を有していながら、ゲタや仮面を武器とした戦闘スタイルを演じることに――一体なんの意味がある?
「簡単だよ。つまんねぇからだ」
と、ひょうきん丸は言い捨てる。
「確かに鬼の力をとっとと解放すれば、それで終わりだ。圧倒的な暴力で蹂躙して俺の勝ち。それで? そんな戦いに、一体なんの意味がある。象が蟻を踏みつぶすようなもんだ。そんなもんは戦いと呼ばねぇ。俺の求める闘争とはほど遠い――」
「そ……それだけの理由、で」
自らを危険に追い込み、命のやりとりを強制し、縛りをかけて戦っているというのか。
狂ってる。
「かかかッ。そりゃ今さらだぜ、地上最強。狂ってもねぇ人間に、十字軍の隊長なんぞ務まるわけがねぇだろうが。――いいか。闘争ってのは一方的であっちゃならねぇ。どちらが勝つか分からない、そんなギリギリの死線でこそ血沸き肉躍る――だから、お前との戦いで鬼を解放するつもりはなかった。あくまで人間の俺が、どこまで
ひょうきん丸の怒声が、大気を振動させる。ビリビリと、肌を伝う迫力。鬼の咆哮。
その間に、僕はなんとか肉体の修復を完了していた。貫かれた胴体は傷跡すら残さず塞がり、何も無かったかのように元通り。床に飛び散った血ですらも、消えて無くなっている。
「流石に一回殺した程度じゃ死んでくれねぇか。吸血鬼の力ってのは恐ろしいね――しかし、逆に考えれば、殺し過ぎることが無いってことだ」
言い終わるよりも早く、致命的な正拳突きが、大気を揺らすより早く僕の喉元をめがけ飛んでくる。
疾い。しかし、なんとか首の皮一枚で回避する。
僕は咄嗟にバックステップで距離を取ろうとするが――もう遅い。
ひょうきん丸は既に、踵で僕の爪先を踏んづけていた。
それが意味するところは、一つ。
「お望み通り、インファイト。体力勝負とこうじゃねぇか」
凄惨な笑みを浮かべると同時に、ひょうきん丸は怒涛の連続攻撃を開始した。
一撃一撃が致死的に重いが――吸血鬼の血を借りた今、それは決して捌けない攻撃ではない。
だが、新たな疑念が浮かび上がった。
何故ひょうきん丸は、わざわざ僕に有利な条件で戦いを仕掛けてきたのだろう?
戦闘のペースを握られているとはいえ、実力で劣るとはいえ、吸血鬼の再生能力がある分、僕の有利は変わらないのだ。
まして、移動を封じられた完全な殴り合い。回避、カウンター、フェイント、――そんな小細工を挟む時間はない。
戦闘能力に長けたひょうきん丸が、それを捨てるメリットはあるのだろうか?
いや、必ず何かあるはずだ。
僕は今まで、ひょうきん丸に騙されっぱなしなのだ。
十字軍の遊撃隊長とは思えないその風貌も。
真っ先に魔滅鉄砲を投げ捨てたことも。
鬼の力を隠し持っていたことも。
全て彼の計算通りだとするなら――何かある。
むしろ、この退路を断った局面で、一番の切り札を切ってくると考えるのが妥当――!
「そういうとこだぜ、地上最強」
猛攻の手は止めず、ひょうきん丸が語り掛ける。
「自分から突っ込んできやがって、何考えてんだって表情――モロ分かりだよ。手を変え品を変え、「次はどんな
余裕な笑みを浮かべつつ、ひょうきん丸は吠えた。
「作戦なんざ何もねぇ! テメェにチョロチョロされんのが鬱陶しくなった、それだけの話だ!」
嗤いながら、更に猛攻を増すひょうきん丸。
マズイ。
単純なパワーとスピードが、僕を上回りつつある。
なんとか攻撃を捌き、防ぎを繰り返し致命傷は避けているが――徐々に押されつつある。
このままではいずれガードを破られ、大きな一撃を見舞われるだろう。
インファイトなら勝機がある、と踏んだのは大きな間違いだった。むしろ逆だ。ひょうきん丸に鬼の力が備わっており、その力が僕を上回っているのであれば、断然に不利。
肉弾戦を繰り返すだけで、吸血鬼の再生能力を上回るダメージを負う。
そうなれば――いずれ僕は殺される。
それまでに、何か策を。何か活路を――
「そんなもんはねぇよ! お前はここで死ぬ! 死ねオラァ!」
ひょうきん丸はラッシュを突然中断し、おもむろに力任せの蹴りを放った。
隕石にでも衝突されたかと思った。
僕は衝撃を受け止めきれず、受け身もできず地面に叩きつけられ、何度かバウンドした後、壁に当たった。
「―――」
意識が吹っ飛びそうになるのをなんとか堪え、立ち上がろうとする。しかし、それは叶わない。膝から下が吹き飛んでいるのだ。
「呆気ねぇな、地上最強。噛ませ犬、期待外れ、とんだ見込み違い――ここまで追い詰められてんのに、その眼はなんだ? まーだイイ子ちゃんぶってんのか? あぁ――もういい。お前はもう、死ね」
逃げる手段を失った僕に、ひょうきん丸がゆっくりと近づいてくる。
「死んでも死なない吸血鬼を殺すには、銀の十字架が打ってつけ。では、なぜ銀の十字架が有効か知っているか?」
ひょうきん丸が、唐突にそんな質問をしてくる。
「答えは「銀が神の祝福を受けた金属」だからだ。それが吸血鬼の心臓に刺されば、祝福が体内を巡り、不死という神への冒涜を殺す、という算段になっているのさ。さて――ここで質問だ」
地面に転がっていた「あるもの」を拾い上げ、それを僕に向けてくる。
オモチャの鉄砲みたいなシルエット――
「コイツの弾丸は一体何で出来ているでしょう? そして、その弾丸を心臓に撃ち込まれたら、お前は一体どうなるでしょう? ――正解は、撃たれてみてのお楽しみだ」
乾いた銃声が響き渡る。
「鬼は外、福は内――ってな」
そう呟いた途端、ひょうきん丸はけたたましく笑った。
不愉快だ、と思った。
そこで僕の意識は途切れた。
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