エピローグ

後日談とこれからの物語

「父の首を刎ねてください」


 と、燈火が言った。


「せめて安らかに眠ってほしいですから」


 彼女はいつも通りの、穏やかな表情を取り戻していた。

 

 白炎の首を切り落とすと、彼の肉体はさらさらと音を立てて灰になった。やがて、そよ風に吹かれてどこかに飛んでいった。

 そんな光景を、燈火はぼんやりと眺めている。


「父があんなことを思っていたなんて、全く知らなかったんです。私はずっと母や祖父母に囲まれて生きてきましたから――思えばあの人達は、その時点から私をで見ていたのかもしれませんね」

 

 燈火の横顔には、自嘲の色が浮かんでいた。

 

 吸血鬼。死んでも死ねない怪物。

 しかしそれは物事の一側面にしか過ぎず――実際は血と血に塗れ、流血と流血でしか繋がることのできない、哀れな生き物なのかもしれない。

 紅いくさび二重螺旋にじゅうらせん。切っても切れない、運命の赤い意図。


「あなたがいなければ、何も知らないまま父とお別れするところでした」


 と、燈火はいう。


「あなたが最後の最後まで、「救いのある物語」を諦め続けなかったから、最後の最後に、本当の父を知ることができました。それだけでも、私にとっては十分な「救い」です」


燈火の表情には、穏やかな微笑みが浮かんでいた。

だけど――感謝されるには、まだ早い。

結局僕には何も出来なかったのだから。


殺傷症候群。自分自身に振り回され――

吸血鬼の呪縛。血と血に塗れた運命に振り回され――

燈火との約束。結局、何に対しても救いなんて見いだすことができなかった。


燈火に言わせれば、今回の話はバッドエンドではないのだろう。

だけど僕からすれば――ハッピーエンドには程遠い。


まずは、燈火の体を取り戻そう。

白炎の願いを無駄に終わらせないためにも。


「そのことなんですけど、あなた。どうやら私の血を飲んだせいか――私たちの魂、繋がってしまったみたいです」


 突然、とんでもないことを燈火が言い出した。


「私の魂の血があなたの魂に吸収されるとき、私自身も少なからず引っ張られてしまったみたいです。あなたという依代に定着したおかげで、随分と存在が安定しているのを感じます」


「もっと分かりやすく言ってくれ」


「当分の間、私が消滅することはないということです。これからもよろしくお願いしますね、あなた」


 そう言って、燈火は楽しそうに笑った。

 こんなに可愛い女の子に頼まれたら、断る理由は何もない。


「そういえば……燈火の血を飲んで、僕が急激に強くなったのは、結局のところ「吸血鬼としての覚醒」だったのか?」


「どうでしょうね。確かにあの再生力は吸血鬼の力にも依るものだと思いますが――あなたの戦い方は、何かに憑りつかれているみたいでした。凶暴で、極悪で、容赦ない戦い方――まるで得体の知れない、――」


 燈火の言いぶりは、吸血鬼の魂が僕の中に眠る「何か」を呼びこしてしまったかのようだった。

 その鍵を握るのは――僕の特殊体質、殺傷症候群なのかもしれない。

 いずれにせよ、その正体が解明されるのは、まだ先の話。


「……それにしても、あなたの家が無くなっちゃいましたね」


 瓦礫の山と化した僕の家を見ながら、悪戯っぽく燈火は笑う。


「これからどうします?」


「そうだな……自分探しの旅でもしようかな」


 冗談っぽく言うと、燈火は小さく上品に笑った。


「いいですね。私も同じことを考えていました」


 その表情は、いつも通りの穏やかな微笑み。

 だけど、僕にはそれが――いつもより、少しだけ違って見えた。



 好きなことを見つけ、やりたいものを探して――自分のために、自由に生きる。

 結局のところ、それが一番難しいのかもしれない。

 だけど、心の底からそんな生き方を貫き通せたら――

 どんな形であれ、それはハッピーエンドと呼べるのではないだろうか。


 終わってみるまで、分からない。

 どんな物語になるのかは。


「そうだな」


 そう言って、僕は瞳を伏せた。


 これから僕は、旅をする。

 僕が殺した、吸血鬼の女の子と一緒に。



 彼女と出会った偶然を、救いのある物語にするために。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る