⑩ 一番の救い
いい予感が当たることなど一つもない。
当たるのは、いつだって悪い予感だ。
白炎の様子がおかしいことに気が付いた僕は、彼に駆け寄った。
すると、右胸――ちょうど心臓の辺りが陥没し、血が溢れだしているのを跡を見つける。
そんな血だまりの中心に輝くのは――銀の十字架。
白炎は自らの胸を殴り、無理矢理心臓に銀の十字架を押し込んだのだ。
「どうして――」
どうしてあの時、僕は律儀に十字架を元あった場所に戻したのか。こうなる可能性だってあった以上、それは考慮しておくべきではなかったのか。
完全に――思い上がっていた。説得に成功したのだと。
勘違いも甚だしい。
結局、僕の説得は白炎に届いていなかった。
考えてみれば説得ですらない。ただ希望を並べただけだ。
彼の抱えた絶望と喪失感を拭い去るには、程遠かった。
彼は自らの救いを見いだすことが出来なかった。
結局誰も――吸血鬼の呪縛に、打ち勝つことはできないのか。
「勘違いするな人間」
白炎は、肩で息をしながら言った。
「言っただろう、お前を信用すると。娘を頼むと。……お前の言いたいことは分かる。吸血鬼の呪縛を断ち切るには、俺が生き延び、燈火が体を取り戻し、そして二人で自殺せずに生きていく――お前はその可能性に救いを見いだしたのだろう。だがな、俺はもう
我が子の幸福が、親にとっての一番の救いだろ、と。
白炎は笑いながら言った。
「燈火は……そこにいるのか」
「ああ。僕のすぐ傍にいる」
燈火は相変わらず、毅然とした表情で父を眺めていた。
その瞳は真っ直ぐで、決意に満ち溢れている。
「いいか、燈火」
白炎もまた、真っ直ぐな視線で燈火の方を向いた。
「吸血鬼であったことなど忘れろ。もしお前が体を取り戻せたら、好きなことを見つけて、やりたいものを探して――自分のために、自由に生きろ。死ぬ瞬間、ハッピーエンドだったと胸を張れるような、そんな生き方をしてほしい」
燈火は、ゆっくりとしゃがんで、父に視線を合わせた。
「……ありがとう、お父さん」
そんな燈火の囁きが聞こえたのだろうか。
事切れる寸前、白炎は静かな微笑みを浮かべていた。
柔らかい風が、僕の背後から吹き抜ける。
それは瓦礫の間を通り過ぎ、小さな灰を運びながらどこかへ消えていった。
暗雲はもう、どこか遠くへ去っていた。
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