第50話 エピローグ
「それでは、本当にお世話になりました」
真新しい馬車を、ラミアの家の前に引き出した。
あれから三日、これから王都メディオラムを発ち、最初の街フェアンへ帰る。
乗り捨てた馬車は王女の方で回収してくれ、その代りだと新しい馬車と馬を送ってきた。
大財閥の令嬢を助けたお礼に高級車を貰うようなものかと、遠慮なく貰うことにした。
たぶん、世の中には意外とある話だと思う。
ひょっとしたら、王女の行列に使う馬車の一つだったのかも。
全天候型で雨風も防ぐ魔法に、物理や魔法の攻撃まで防ぐ魔法障壁まで付いてるそうだ。
結局、王女と同行するのは遠慮した。
よそ者が目立つのも良くないし、群衆に晒されるのもやっぱり嫌だ。
ルシィは、ちょっと残念そうだったが、俺が断るならと一緒に見守ることにした。
王女の入城は、沿道を埋め尽くす大群衆の歓声の中で行われた。
王都中、いや近隣の町や村からも人が集まったそうだ。
純白のドレスに第一王女の宝冠を戴き、まっすぐに前を見据えて、手を振る事も笑顔を振りまくこともなかったベアトリーチェの姿は、意志の強さと王女の誇りを国民に見せつけた。
王宮へ近づく度に、歓声は熱狂を加えて、門をくぐる頃には『我らが王女ベアトリーチェ!』『ヴィスコンティ王家万歳!』の絶叫が包んだ。
王宮の中にまで聞こえた国民の声は、趨勢に大きく影響し、さらに宮殿内では王女の秘密兵器が炸裂したらしい。
この話は、当日の夜には近所の奥様方からラミアの店へと伝わった、ほんと何処から仕入れてくるのだろう。
もう対決の姿勢を隠そうともしない、王女ベアトリーチェとその義母である王妃。
実力も勢力も王妃の圧倒的と思われていたが、ここに来て流れが変わった。
王家と縁の深い歴史ある貴族ほど、王女寄りの姿勢を鮮明にし始め、既に拮抗してるとさえ言われていた。
「あらごきげんよう。北の方へお出かけになってたとか」
「ごきげんよう、お義母さま。ちょっと竜を退治して参りましたの」
何気ない挨拶にも火花が散り、王国の貴顕、重鎮もびくびくしていたとか。
対決の行方は、王妃が用意していた奥の手により決まった。
女王よりも男子の世継ぎと、わざわざ連れてきていた二人の王子。
王女の六つ下と八つ下の両殿下は、王侯貴族の居並ぶ広間に現れると、母上を無視して一目散に姫姉様へと飛びついた。
そして競うように、ベアトリーチェの無事を喜んだと言う。
王族ともなれば、実の子供でも直接育てるわけではない。
ただベアトリーチェは、新しく出来た弟達が可愛くてせっせと面倒を見ていたと。
時折顔を会わせる実母よりも、優しく美しい姉、当然の結果だ。
乳母も侍女達も、ライバルになる王女の悪口を吹き込むのを忘れたらしい。
「お姉様が無事で嬉しいです。僕が大きくなれば、騎士になって守りますね?」
「あっ、ずるい! 僕もです!」
如何に自分の方が姉上を好きか口にする王子達により、勝負は決した。
忙しくなったベアトリーチェとは、それから会えてないが、直筆の丁寧な手紙を貰った。
別れの言葉はなく、またお会いできるのを、どんな時でも楽しみにしています。
何かあれば、きっと必ず絶対に頼って下さいね、そんな文面だった。
「それにしても急ね、もっとゆっくりして良いのよ?」
ラミアはそう言うが、なるべく早く魔法陣をルシィの家に戻したい。
まあ、仕方ないわねって顔をして、ラミアはルシィを抱き寄せた。
「くすぐったいです、姉さま」
ルシィは笑ってそう言いながらも、ぎゅっと抱き返す。
「ポンペイさんが直ったら、また連絡しますね」
オルシーニの一味に壊されたポンペイさんは、魔法の核をラミアに直してもらい、あとは手足をルシィが自力で直せば元通りになるそうだ。
また失敗して、変なゴーレムにならなければ良いが。
ラミアは、何か言いたげに俺を見たが、視線を馬車に移した。
「良い馬車ね、これほどの物はそうないわ。結婚式にも使えそう」
「その時は、姉さまも呼びますね!」
無邪気な一言だったが、ラミアの逆鱗に触れた。
「姉弟子より先に、結婚して良いはずないでしょう! あなたはまず魔導師試験に受かりなさい! 半人前で結婚なんて許しませんよ!」
「そ、そんな決まりがあるんですか!?」
ラミアの剣幕に、ルシィは押されっぱなしだ。
しかし、なんだろう、じわじわプレッシャーをかけられた気がするが。
まあ気のせいだろう。
「ううー、わたしが魔導師になるまで、あと七年はかかるんですけど……」
ラミアは呆れて、もっと勉強して早い合格を目指しなさいと、姉弟子として細かい注意や小言を与えている。
あー、平和だなあ。
「……サガさん! サガさんは、あと七年待ってくれますか?」
突然の質問に、びっくりして、考えもせずに思ったまま返事をしてしまう。
「あ、うん。もちろん……」
先に気付いたルシィが、『今のは無し!』と言いたげに、手をぶんぶんと振り回す。
無しなのかありなのか、どっちだとも問えずに無言で固まった。
そんな俺たちを微笑ましく見ていたラミアが、ルシィと俺の肩を抱いて、少し寂しそうに言った。
「これからの貴方たちに、幸運と安穏があらんことを」
こうして、出会いと騒動に満ちた二人の旅は、最後の帰路を残すのみとなった。
魔法陣は、少しだけ小さくなったが、何とか繋がった。
持ち帰った金塊は、三キロ以上あったが、まとめて売ることにした。
小分けにすれば節税出来たかもしれないが、税金を払っても充分に残る。
無理しなければ、妹の学費と、当分の生活費には困らない。
その妹からは、大量のメールと着信が残っていた。
「すまん、ちょっと出稼ぎに……」
電話でそれだけ言うと、散々罵倒された挙げ句に泣かれた。
もう二人きりの家族なのに、どれだけ心配したと思ってるのかと。
そんな数日を、自分の世界だけで過ごした。
何時まで繋がってるか分からない世界に、また行っても良いのか。
もし戻れなくなると、いや、もう一度行けば、きっと戻りたくなくなる。
理由は、はっきりしていた。
悶々とした日々を過ごす中、外出から戻ると、玄関に一足のローファーが。
妹のカノの学校の指定靴だ、また勝手に来たのか。
だが、部屋を見渡しても誰も居ない。
部屋の真ん中には、見慣れた黒い穴……まさか、落ちたのか?
慣れた姿勢で穴をくぐるが、結論を先延ばしにしてただけで、こうする理由が出来たことに、自分でも驚く程に嬉しかった。
ここも見慣れた魔法の部屋に着くと、そこにはルシィが居た。
幸い妹は来てなかった、ただし別の人型の物が、むくりと起き上がった。
ポンペイさんだ、直ったのか。
俺を見つめ嬉しそうに笑うルシィに、通じないと分かっていたが話りかけた。
「ただいま」
ルシィも一言返してくれる、翻訳ペンダントはないけど、意味は分かる。
「おかえりなさい」だ。
完
異世界商売 三倍酢 @ttt-111
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