第49話


 ――オルシーニ邸、外苑――


 連絡を受けて駆けつけた王都の治安部隊と、穏便に隠蔽したい教会の実働部隊。

 両者は、邸宅へ繋がる橋の前で揉めていた。

 単なる私有地であれば、治安部隊が問答無用で踏み込めるのだが、ここは枢機卿が王から授かった私領である。

 領主の許可なく踏み込むのは、部隊を率いるエンリコにも躊躇われた。


 かと言って、教会側にも後ろ暗いところがある。

 強硬な態度で追い返すなど、痛い腹を探られるだけで、丁重にお引き取りを願う他ない。


「隊長殿、ここは我らにおまかせ下され。委細は全て報告しますゆえ、まずは我々だけで」

 教会側の責任者の司教は、普段は信者に向ける朗らかな笑顔を保ったまま交渉する。


「しかしですな司教殿、我らも騎士団長より命令を受けて参ったのですぞ。それにこの異常では、待てと言われても待てませぬ」

 エンリコ隊長も、中間管理書らしい苦笑いで応じる。

 先程から、屋敷の地下から異音と振動が響き、尋常ならざることは両者とも気づいていた。


「せめて、私と数名だけでも同行させて頂けまいか?」

 エンリコも再度提案する。

「いや、教会のことは我らで引き受けますゆえ、なにとぞお待ち下され。詳細は必ず」

 議論は、もう一周しようとしていた。


 そこへ、地中からの振動よりも大きな馬蹄の響きをあげて、騎兵の一団が到着した。

 集まった兵と教会の人員に、あけろ、どけ! と怒鳴りながら乗り付ける。


 数は三十余りで、全て騎兵。

 この数になれば軍の戦力となるほどで、鮮やかな装いの騎士級が数名混ざる。


「隊長殿と、そちらは教会の方か? 部隊は我らの指揮下に、残りは別命あるまで動かぬように」

 騎士の一人が、有無を言わせぬ調子で伝えた。

 せめて私達の話もと司教は縋り付くが、次の一言で黙らざるを得なかった。


「オルシーニ枢機卿には人買いの疑いがあり、王女殿下のご友人が巻き込まれたと連絡があった。我らは王女殿下と騎士団長より勅命を受けて参った、苦情があればそちらへ申し立てるがよい」


 最前列の中央で指揮を執るカテリーナは、行く手を遮る水を張った堀と、跳ね上げられた橋を確認すると短く命令した。

「行け」

 数名が馬のままで乗り入れ、あっという間に堀を泳ぎきって橋を下ろす。

 その上を、騎兵とエンリコ隊長率いる部隊が一丸となって渡る。


 金属の匂いと音を振りまいて進む集団を邪魔する獣もない、直ぐに正面玄関へとたどり着くと、踏み込む前に内側から扉が開いた。

 中からは金髪の女性達ばかりが五名。

 口々に救助とオルシーニの悪口を訴え、その中のひとりをカテリーナが掴まえて聞いた。


「茶髪の魔法使いと、黒髪の男を見たか?」

「わたしたち、その人達に助けられて!」

 説明が終わる前に、巨大な揺れが起きて屋敷自体が傾き始めた。


「何処で会った?」

 地下ですとの答えを得ると、カテリーナの後ろに乗っていたラミアと、別の騎士の後ろに乗っていたイリスが飛び降りた。

 二人は揃って地面に手を当て、何かを探ろうとしている。


「うっ、駄目ね。私の力では、大地の精霊が暴れてるくらいしか……。あなたはどう?」

 ラミアが問いかけ、しばらく集中した後にイリスが答えた。


「地下室か洞窟か、この真下で崩れてる。逃げた方が良い」

「けどルシィ達が!」

「たぶん大丈夫。大地の精霊がついてる」

 その間にも屋敷の傾きは大きくなり、カテリーナは後退の指示を出すしかなかった。


 橋の手前まで下がると、屋敷は倒れかけ、地面のあちこちが陥没し始めた。

 数人が、夜空へと飛び去る翼を持つ魔物を見つけた。


 それからしばらく地面は荒れていたが、静かになった。

 まだ誰も出てこない、カテリーナとラミアは頷き合い、捜索の命令を出そうとした時。

 下から巨大な岩が突き上げ、屋敷の片側を持ち上げて完全に破壊した。


 地中から現れたのは、屋敷の尖塔ほどもあるゴーレム。

 岩で造られた体は、降りかかる木や石などものともせずに、地上へとせり上がってくる。

 屋敷を押し倒し、馬も踏み潰せそうな大きな足を大地にかけた。

 余りの巨体に、騎士や兵から驚きの声が上がり、魔物の一種かと緊張が走る。


「あれは……。待って! 敵じゃないわ!」

 ラミアは、ゴーレムに使われている魔法が自分のものだと気付く、正確にはゴーレムの核だけだが。


 ゴーレムはゆっくりと歩きだす、その両手は何か持っているように重ねていた。

 一団の前まで来て膝を着き、両手を開くと、中には傷ついて動けなくなったオルシーニの手下どもが。

 そして、ゴーレムの口に当たる部分が開いて、中から元気な声がした。


「姉さま!? 来てくれたんですか! それにカテリーナさんも、イリスも!」

 続いて、黒い髪と赤い髪がゴーレムの口から出てきた。




  ――王都郊外、王女離宮――


 無事の再開を喜んだ後に、騎士と兵に守られて王女の離宮へ移った。

 司教はアデリナを連れて去ろうとしたが、カテリーナが事情を聞きたいので同行を願おうと言うと、観念して同道した。


 エンリコ隊長とも、また会う事になった。

「おお、少年また君かね! 余程、揉め事に縁があるようだな」

 そう言って、肩をバンバンと叩いてくれた。


 俺たちの元へと地中を進み、地面を割って登場した大地の精霊とゴーレムは、力を使い果たしたのかルシィの『ありがとう、ポンペイ二世!』の一言を聞いてから崩れ落ちた。


 生き残った手下も、保護した女性達も全てここへ連れてきた。

 話を聞けば、おのずと奴の悪事も明るみに出るだろう。


 主だった面々が集まり話をする前に、風呂を貰う事にした。

 土埃で真っ白になったルシィたっての願いだが、既に夜も明けていて、一晩中動き回った後の朝風呂は、とてつもなく心地よい。

 生きてて良かった……と心底から思える。


 これでベッドに飛び込めれば最高なのだが、昨夜あったこと、知ったことを説明しなければならない。

 魔法陣を奪われて取り返しに行くまでは、なぜ直接に相談に来なかったと、王女とカテリーナに叱られるくらいで済んだのだが。

 王の心を操る、王女を避けるように仕向けた件では、みな一様に表情が固くなった。


 司教が呼ばれ、詰問されたが『枢機卿のやったことで我々も掴みかねて』との返答だった。

 一応、オルシーニとは反対の立場で、地位も低い司教を責めても仕方がない。

 教皇庁と相談して善処致しますと言うので、王女直々に釘を刺して開放することになった。


「この三人に、決して不利のないように。何か事があれば、わたくしとこの国を敵に回すと心得なさい」

 アデリナも含む、全員を守ると宣言してくれた。


 話も終わり、今後の事は任せることにした。

 何より、俺もルシィも眠くて限界だ、と言うかルシィは既に椅子の上で寝ている。

 落ちたルシィは、ラミアとイリスが引き取って寝室へ運び、俺もベットへ潜り込んだ……。



 昼と夕方の中間くらいだろうか、やっと目が覚めた。

 扉を叩く音がして、家宰がわざわざ着替えの服を持ってきてくれた。

 侍女に着替えを手伝わせるのを、俺が嫌がるからだろうが、家臣を取りまとめる一番偉い人が来なくても良いのになあ。


 家宰は丁重過ぎる態度で服を手渡すと、寝てる間に起きた事を話してくれた。

「先程、陛下から使いの者が参りまして、姫様には直ぐにでも参内して欲しいとのことです」

 王様にかかった魔法、呪いのようなものが解けたからかな。


「姫様は、明日にも馬車を立て、堂々の入城をお望みです。つきましては、サガ様とルクレツィア様にも馬車を用意致しますので、ご同行願えないかと」

 え?

「はい、私めもカテリーナ様も、もちろん賛成でございます。馬車は天蓋のないものを用意してございます。それはもう、凱旋将軍のように堂々として頂ければ」

 はい? なにをおっしゃってますかね?


 今度は、ノックもなしに勢いよく扉が開き、寝起きでボサボサ頭のルシィが飛びこんで来た。

「サガさん! 起きました? 聞きました? 大行列ですよ!?」

 

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