第48話


 オオコウモリが羽ばたきするごとに、地面が遠くなる。

 一度経験したが凄い力で、そう簡単に放してくれそうにない。

 捕まった俺を、馬鹿にするように見上げてオルシーニが言った。


「そっちかまあ良い、何処か遠くへ捨ててしまえ。ここは放棄する」

 その指示を受けて、手下どもが動き回る。

 壁と天井を支える魔法を解除したのだろう、地下施設が震えて、崩れ始めた。


「娘、お前は一緒に来てもらおう。そっちの赤毛は殺せ」

 ルシィに剣を突き付ける、やっぱり魔法陣だけは持ち去る気か。

 大人しく従うはずもなく、ルシィも杖を突き出したのだが。


「マナが空っぽの杖で何が出来る」

 オルシーニは、悪役らしい高笑いをした。

 ゴーレムを造った時に、使い果たしたのか……。

 ルシィの魔法は凄い、凄いとは思うのだが、どうにも燃費が悪い。


 一回使うごとに金貨が何十枚も飛ぶようでは、使い物にならないよなあ。

 何時でも何度でも使うためには、俺が頑張って稼ぐしかない。


 手下が魔法陣を回収しようとして、丁度、俺の真下に入った。

 良いタイミングだ、そして手持ちのアイテムはこれが最後、花火を取り出し火を付ける。

 連発式の打ち上げ花火が、オオコウモリの顔を襲う。

 熱と音に驚いたオオコウモリは、大きく一鳴きすると、あっさり獲物を捨てた。


「あっ」

 コウモリを操っていた奴が声をあげたが、もう遅い。

 岩よりも頑丈な俺の体が、魔法陣を持った手下に直撃した。


「サガさん!」

 ルシィの声に応え直ぐに起き上がる、下敷きになった奴はぴくりともしない。


「オルシーニ! お前の相手は俺だ!」

 宣言し、わざわざ魔法陣の書かれた床板を拾い上げてから、オルシーニへ突進する。

 一番目障りな奴が無防備に走ってきて、しかも大事な魔法陣付き。


 最優先の敵に向き直ったオルシーニは、剣の重さを確かめるように右手を小刻みに動かす。

 先ほど切られた左腕の出血は止まらないが、一度切られた事で、間合いは分かる。

 あと必要なのは、飛び込む勇気のみ。


 何時の間にか雄叫びをあげていた、その様子に気圧されたのか、オルシーニは半身になって剣を突き出した。

 ここだ! 手にした魔法陣を奴に向け、剣先を飲み込ませる。

 驚いたオルシーニが剣を引くよりも早く、右腕から右の肩まで魔法陣の中へ。


「悪いな、俺の世界へ行ってもらう」

 そう言って、オルシーニを押しこみ、突き倒した。


 右腕がこの世界にないオルシーニは、左で殴ってくるが、そんなものが効くはずもない。

 マナが詰まった頑丈な拳で一発、二発と殴り付ける。

 鉄より堅い拳の殴打に、顔の皮が破れ血が吹き出した。

 暴力に酔うのと嫌悪感と半々くらいだったが、こいつだけはと覚悟を決める。


 右腕が力なく下がり、魔法陣から抜け出てしまったが、間髪入れずに今度は頭から被せる。

 腰が引っかかったところで、蹴り込んだ。


 もしも、あちらでの座標が固定されたままなら、行った先は俺の部屋。

 しかし、別の可能性もある。

 大きく息を吸って止め、何が起きても驚かぬよう心を落ち着け、くぐり慣れた異世界への門へ腕から潜る。



 先に通過した手が、冷たい外気を掴む。

 水の中ではない、一気に上半身も通り抜けるが、一面の闇に視界を失った。

 だが、一つだけ知ってる感覚があった、海の匂い。


 何処を見渡しても、陸地の明かりさえ見えない大洋の上空に、穴が浮かんでいた。

 右手が何か固いものに触った、オルシーニの剣だ。


 この穴の上にオルシーニは居ない。

 直径一メートルほどの穴の外は、数十メートル下に外洋が広がるのみ。

 最初の街フェアンから、この王都メディオラムまで南へ三百キロはある。

 俺の住まい、東京西部の住宅地から南へ三百キロは、太平洋だ。


 ここに落ちれば絶対に助から……その時、穴の縁から手が伸びて、髪の毛を掴まれた。

 物凄い力で引き寄せられ、もう一方の手が肩に食い込み、血まみれの男の顔が上がってくる。

 悪夢になりそうな執念だ。


 オルシーニが、何事かをわめくが……。

「すまないが、何を言ってるのか分からん」

 とっくに覚悟は決めている、奴の顔から目を逸らさずに、右手に握った剣を喉に突き立てた。


 野望に満ちていた瞳から光がなくなり、奴の体が落ちて行く。

 ところが、髪に絡まり肩に食い込んだ指先からは力が抜けない。

 これは、一緒に引きずり落とされてしまう!


 細身の剣で腕を切ろうとしても、当然上手くいかず、腰まで抜け出そうになった……とこで、誰かが向こう側で腰に腕を回してくれる。

 落ち着いて、オルシーニの指を一本ずつ外すと、今度こそ暗い海面へと落ちていった。

 

 上半身を魔法陣から抜いて、腰に回された手に、手を重ねてた。

 背中から声がしたが、翻訳ペンダントはマナが抜けて役立たず、けど何と言ったか分かる気がした。


「ルシィ、ありがとう。助かったよ」

 たぶん、この台詞も伝わったと思う。

 肩越しに振り返ると、背中にぴったりと張り付いた、見慣れた栗色の頭が見えた。


 もう、重傷で倒れた者以外は、手下も居ない。

 ボスが消えてあっさり逃げ出したみたいだ、やっぱり人望なかったんだなあいつ。


 アデリナが駆け寄ってくる、疲れ切ってるが無事のようだ。

 背中に抱きついたルシィを見て、にやにやしながら何か言うが、残念だが分からないんだ。

 だがルシィは、ぱっと離れてしまった。


 まあ良い、実際のとこ、それどころじゃない。

 揺れと地鳴りは大きくなり、壁も天井も崩れ始めている。

 翻訳ペンダントをトントンと指差すと、アデリナがマナを注入してくれた。


「残党は、奥の扉から逃げたわ。私達もいきましょう。それで、オルシーニは……?」

「海に落ちて……いや、一突きして死んだよ」

「そう……。サガ、本当にありがとう」

 喜ぶことはなく、少し申し訳なさそうにアデリナは礼を言った。


「いや、大丈夫。あいつは、報いを受けただけだ。誰かが止めなくては」

 そこで、まだ手にしたままの剣に気づくと、剣先にまだ乾いてない赤いものが付いていた。

 無言でそれをぬぐった。


 それを見ていたアデリナは、わざと軽い口調で言う。

「それ、オルシーニ家に伝わる宝剣みたいね、貰って良いわよ。教会には黙っておくから。それとも、お礼は別の物が良い?」

「……それは、何時ぞやの夜の続きでも?」


 後ろから、杖で殴られた。

 元の世界に晒されて、マナも抜けてしまい本気で痛いんですけど……。


 魔法陣だけはしっかり回収するが、転がった手下どもも見捨てることが出来ず、何とか引きずって奥の扉へ行くが。

 開かない、ご丁寧に施錠していったようだ。


 ルシィが首を振る。

 魔法で閉めてあり、もう二人の僅かなマナではどうしようもないと。

 その時、床に大きな亀裂が走った……。

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