最高の夜

10/18  inパンガン島           


 目を覚ますとすでに昼過ぎ。知り合った日本人達と海に入りに行く。シュノーケルを使って一時間ぐらい泳ぐ。帰りに飯を食べて部屋に戻る。


 日本人達との待ち合わせ時間になり集合場所へ行く。MとY君に合流して、今日の分の“ねた”を仕入れるために、ビーチ裏のレゲエバーに行く。何を使うか悩んだ結果、MDMAを一錠買う。ちなみにとまと君は三錠だ。


 LSDも欲しいという話になり、町中を探し求める。しかし、見つからないので、途中で見つけたバーできのこを頂くことにする。途中で合流したまこと君と三人で500Bの値がはるマッシュルームシェイクを飲む。店内は暗いので何色かわからないが、バナナ味のシェイクは甘くておいしい。一気に飲み干してバサの部屋に行く。


 みんな揃ったところで“ねた”をいただくことにする。MDMAを飲んだ後に大麻を入れて準備完了、ハイテンション軍団は駆け足でビーチへ向かう。まさにジャンキー集団だ。みかんさんは日本から持参した浴衣をまとい、ものすごい熱の入れようだ。

ビーチは多種多様の人種がいりみだれて熱狂している。たいていの人はトランス状態で踊り狂っている。イロイロと効きすぎて何が何だかわからない状態の中、ひたすら踊り続ける。


 大量に汗をかき、ずっと首を振り続けていたのでめまいがする。脱水症状でたおれそうな気がしたので、近くのコンビニへ水を買いに行く。目がチカチカして店員とうまく会話が出来ない。


 ビーチに戻り歩いているとまこと君にそうぐうする。相当弱ったようすでつらそうな顔をしている。はげましの言葉をかけて買ったばかりの水をあげる。


 “エピックトランス”がながれるブースの前に移動し、踊ろうとすると変な感じがする。音がおかしい! 急に全身をつつみこむような不安にかられ、ネガティブになりはじめる。呼吸は荒くなり、頭が朦朧として、その場に立っていられなくなる。その場所にいたら死んでしまいそうな気がして、頭の中で死ぬか、死なないかの想念がかけめぐる。


 これはまずいと思い、再びコンビニに水を買いに行くと、灯りがまぶしい。白い光は霧がかかったようにモワっとして、色は浮いたように見える。歩くのもつらくなり、しんどくてしょうがない。が、何とか心は折れないように意識を保ち、水を手に入れる。


 外にでて、地面に座り、水をがーっと飲むが、すでに自分が自分でない状態だ。目の焦点はまったくあわず、人の顔をみるのもやっとで、ずっと見ていられない。独り言で「すげー!」、「やべー!」とうめくようにしゃべりつづける。「時間がたてば大丈夫!絶対に直るから」と言い聞かせてもまるでむだ、どんどん落ちていく!


 人からの忠告を無視して、なれない“もの”をあわせたことを後悔しはじめる。泣きそうな顔でビーチに戻ろうとするが、まったく別の思考がうかび、違う場所へ向かってしまう。再び思い出してビーチへ行こうとするが、またまた違う場所へ。同じ場所を行ったりきたりして何往復もしてしまう。一人きりのさびしさと心細さ、そしてえたいのしれない恐怖感と、自分が自分でない意識が怖くて怖くてしかたがない。


 急に誰かに会いたくなり、ヨッシーさんの部屋の前へ行こうとしてもけしきがひどすぎる。ゆがみ、ゆれ、頭がおかしくなりすぎている。独り言は自分で気づいているのに止められないし、自分を後ろから眺めているような気がする。自分が何者かわからず、こんな状態で一生を遂げなきゃいけない気になり、どんどんネガティブな状態は深まっていく。道は覚えているのに、知らない道へ進み、同じ景色が同じに見えない。


 なんとかヨッシーさんの部屋の前にたどりつくが、知り合いは誰ひとりいない。近くにいる外人に話し掛けられるが、言葉は聞き取れず、苦笑いしては戸惑う。暗くて狭い空間に圧迫されているようで怖い。なんとか宿を脱出するが、泣き出したい気分で発狂寸前だ。自分じゃどうすることもできないし、どうにもならない。


 「フルムーンパーティーなのに、たいして踊らずに宿へ帰ったらもったいない!」そんな気持ちを無意識に持っていたが、自分の限界はとっくに超えているので帰ることにする。宿への道が通常の五倍は遠く感じられ、歩くのもやっとだ。


 日本人の女性に声をかけられる。となりにいる日本人とタイ人のハーフだという男性の顔を見てどきっとする。蛙か蛇のような、爬虫類のように見える。気持ち悪い!

なるがままコンビニに連れていかれるが、廃人同様の自分は一人でブツブツ言いながらあたりをうろうろする。「ビーチで他の人と飲んでいるから一緒に飲もうよ」と女性に誘われるが、不可能だ! 二人が買い物をしている隙に、そっと逃げだす。


 なんとか自分の部屋に戻るが、カギを開けるのにも一苦労だ。誰もいないのに、だれかにドアのカギを開けてもらいたいくらい心は弱っている。部屋に入るとはじめてきたような、不思議な感覚が通りぬける。ベッドに倒れこみ、クネクネもがき続ける。頭とは関係なく体が動いてしまい、いまだに独り言の連発はとまらない。見えるもの全てがおかしい。影はゆらゆらと動き、物の大きさをとらえられず、あたりまえのように幻覚が見える。急に不安になり、発作的に外に出ては、すぐに部屋に戻り、ベッドの上でもがく。その動きを何度も繰り返す。


 時計を見るといつのまにか一時間経っている。ちょっと目をはなすと三十分ぐらい経つ。時間の感覚もおかしい。


 少しずつ自我が戻りはじめ、冷静に考えることができるようになりはじめる。戻りはじめはとてもすがすがしい気分で、なにか吹っ切れたような、ニュートラル状態の自分がいる。自分という存在を取り戻すように、思考能力はよみがえってくる。ためしに日本から持ってきたカルロス・カスタネダの“時の輪”を読むと、書かれている内容が自然にはいってくる。すべてを悟ったかのように、難しい“時の輪”を完全に理解できる。これはすごい! 体は軽くなり全身に力がみなぎっている。地獄からの生還を果たし、レベルアップしたようだ。いままでに味わったことがないつらい時間だった。はっと腕時計をみるとすでに五時半.外は明るくなりはじめている。体と心はすっかり元に戻った。急いでビーチへ向かう。


 ビーチからの歩いてくる人々をよけながら、待ちきれないような急ぎ足で進む。空は雲ひとつなく、明るくなり始めた深い空には、大きな満月が輝いている。一人の白人男性がぼそっと、「フルムーン」とささやいた。

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