第34話
そう、おまえの分析した通り、タケミカズチの国譲りはあとで無理矢理作られた、作為に満ちた架空のサクセスストーリーだった。文献のあらゆるところにきらびやかな潤色を張りめぐらし、後世の人々の目を眩ます。無残にもおまえはそのせいで、1500年もの長い間、出口の閉ざされた暗闇をさまようことになってしまった。
俺は紙片を裏返した。なんともへったくそな字、がっかりする俺の字だな。飛行機のWi-Fi環境で検索した、霊剣フツヌシについてのウィキペディアを書き記したものだったな。ええと、なんて書いてある?
・・・神名の「フツ」は刀剣で物が断ち切られる様を表し、刀剣の威力を神格化した神とする説がある。
なるほど、杵築(出雲)の大社では、隠密に木箱の中で霊剣フツノミタマが眠ってるからな。刀剣ではなくて、実際には神代の鍛冶師たちによってつくられた、戦国末期の最高の純度を持つ玉鋼の、両刃の剣であるのが真実なのだが。
・・・霊剣、布都御魂(フツノミタマ)は、物部氏の総氏神社である「石上神宮」に祀られ、後に中臣氏が台頭するにつれて、その祭神である建御雷神(タケミカズチ)にその神格が奪われたものと考えられている・・
ここまで読んで俺は目が点になった。フツノミタマはたしかに物部氏の手で木箱に納められたが、石上神宮なんかに渡していない。その木箱は今もまだ出雲大社で眠ったままのはずだ。だからタケミカズチがそのフツノミタマを持つなんてことは物理的にありえないではないか!
これはなんたることか!おれはこんな重大なことになぜこれまで気づかなかったのか!アジスキノタカヒコよ、おまえはこの稲佐の浜で、十拳剣フツノミタマで、タケミカズチに決闘を挑みたかったんだよな。で、対するタケミカズチも稲佐の浜に下り立ち、その十拳剣フツノミタマで・・?
つまり、アジスキノタカヒコよ、どうやらそういうことだ。唯一無二の十拳剣フツノミタマノツルギを、ふたりが同時に所持するなんて、もともありえないことだったんだよ!
この種あかしを知ったら、おまえはさぞかし悔しがるに違いない。たしかに国家安定の大宝律令の功績は認めるが、そのどさくさに紛れて作った中臣氏の、実に手の込んだでっち上げ神話だな。
あれ、待てよ。俺は身震いするのを覚えた。かつての古代大和繁栄の功績者であった葛城の祖アジスキノタカヒコを闇の彼方に葬り、その神格の流刑までした藤原不比等であるところの中臣氏。しかしそれは神代に遡った過去においてだけのことでなく、未来に向けても永劫に葬られるよう、巧妙につくられていたとは!
おまえがずっと後の後世、つまり今回のように、偶然にも暗闇から脱出した時のことも考えていたのだ。中臣氏を恨んだおまえが十拳剣でもって逆上し、かたき討ちされることのできないよう、二重にも三重にも予防線を張った逸話だった。なんとまあ、中臣氏、おそるべし、だな。
アメノウズメさん、この矛盾をずっとまえから知ってたのかもしれんな。だけど、アジスキノタカヒコのまえではそれを一度も指摘しなかった。やつの、1500年にも及ぶ怨念と野望をいとも簡単に折ってしまうことにはためらいがあったのだろう。
アジスキノタカヒコよ、俺だって残念で仕方ないが、おまえの考えてた逆上も、なんというか、筋違いの顛末だったのかもしれん。
筋違いの顛末か・・。キャバクラであの教授らしき男が俺に向かって言ってたのを想い起こす。もつれたメビウスの帯から原因と結果を見出そうとする俺に対して、やつは無用な行為だと警告をしてきやがった。強い条理の切っ先こそが、勝ち残った史実だといきまく。そしてキャバクラの小さな覗き窓から槍、矛、さらには剣、そして最後にやつはタケミカズチを放り込んできたものだった。結果オーライだけがこの世の常・・・。
しかしアジスキノタカヒコよ、決して暗闇から脱出したことは無駄ではなかったぞ。日の本での唯一無二の葛城王朝のレガリアは、憎らしきタケミカズチの手には渡らず、いわんや他の誰の手にも渡らずに、この出雲の地で今も堂々と鎮座しているのだから。それはおまえの1500年もの、怨念のたまものだったと考えてみてもよいではないか。
さて、次は俺自身のことだ。ここで何を参拝すべきか。俺の中のもやもやした逆上なるもの?やつの執念には程遠いな。
俺はお賽銭を入れ、拝殿に向かって2拝し、4拍手した。
「オオクニヌシノミコトさま、アジスキノタカヒコさま。そしてアメノウズメさま・・・」
そこまできて次につながるところの願い事が出てこなかった。執念が何もない?仕方なく最後の1拝をすると、俺は出雲空港に向かった。
長い出雲の旅だったなと思う。名古屋空港発の便までまだ1時間以上ある。ロビーの土産物屋をぐるぐると物色しながら、出雲そばの箱入りセットを買おうかどうしようか迷いながらも、結局買うのをやめて出入口近くのベンチに座った。搭乗口からまた、着便で降りたった人たちが旅行ケースをゴロゴロ引いたりしてロビーを通り過ぎて行く。若い女性連れが目立つ。夏休みを利用しての古代出雲の歴史探索とでも洒落込んでいるのだろうか。温泉はあるし、酒はうまいし、縁結びの願掛けもできるし、最高の聖地なのだから。行ってらっしゃい。
その中を縫うようにして足早にロビーを駆けてくる、ハンチング帽をかぶったひとりの中年の男。ショルダーバッグを引っ提げてる。あれっ?間違いない、あの男だ。キャバクラで見た教授面(つら)した、あの男だ。なぜここに?
思わずベンチから立ち上がる。相手の目が俺をとらえる。一瞬、たじろぐも目をあわせてしまったからには仕方ないと思ったのか、通りすがりに声をかけてくる。
「これから名古屋へお帰りですか」
「そうです。あなたはこれから出雲ですか」
「そうです」
「出雲神話の探索ですか?」
「まあ、そんなところです」
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