第27話

「しかし、たたらは、にょにんきんせい(女人禁制)のしごとだと、むかしから、いわれてますよねえ」

「いえ、技師長が言われるのには、それは門外不出という踏鞴(たたら)家伝の、表向きでの話であってですね。三日三晩後の火消し前の踏鞴踏みにおいては、玉鋼(たまはがね)の中に、巫女(みこ)の依り代(よりしろ)で、天からの神の力を注入しなくてはいけないようなのです」

「みこのまい(舞い)、いやつまり、いずものおくにの、ややこおどりですか?」

「そのようです」

「あめのむらくものつるぎ・・・・」


踏鞴から煙が噴き上がった。三日前に投入した砂鉄が、今夜には極めて純度の高いどろどろの「けら」という銑鉄となる。炉を壊し、けらを冷却して粉砕し、そこから玉鋼を取り出すのだ。


最後の木炭がぶち込まれた。6人の「番子」が踏鞴のふいご板を、重力のあらんの限りの力で踏みしだく。猛烈な勢いの空気が炉内に送られ、炎が激しく燃えさかる。蒸気機関車の鳴る子のように、ヒュッ、ヒュッと重厚な音がはぜる。吸気と排気の現象が身悶えしながら、ぎっこん、ばっこん、ぎっこん、ばっこんと繰り返す。早く、もっと早く・・。全身が踏鞴と一体になる・・・。そうしてもうじき、踏鞴踏みの、最後の仕上げが始まる。


「そもそも、ヤマタノオロチのしっぽから現れ出たという、あめのむらくものつるぎ、つまり後の時代の草薙の剣なんてものは存在しないのです。それは後付けされた古事記のでっちあげです。あめのむらくものつるぎ、それは今、その踏鞴で作っている私の十拳剣(とつかのつるぎ)のことであり、葛城のレガリアであります。」

「アジスキノタカヒコ、あなたは1500ねんいじょうも、くるしんだあげく、ついにいずもは、みさわのさとで、あなたの、でぐちがみつかったのですね」

「アメノウズメさま、ありがとうございました」


俺はふと、思う。アメノウズメさんは天孫族、つまり天津神(あまつかみ)であったはず。なのにこれまでの彼女のしてきた行為は、なんというか、自らの出自に対して、真逆のことをしているようにしか見えてこない。単に知識の乏しいだけの、俺の思い過ごしなのだろうか。アメノウズメさん、あなたはいったい何を考え、何をしようとしているの?


「このよの、ゆいいつむに(唯一無二)の、たまはがねのつるぎは、ここいずものちで、つくられなくてはなりません」

「そしてその剣は、千年後、二千年後の高度な技術を持つ世が来てもなお、その剣を超えるものを作り出すことはできません」

「このひのもとの、ゆいいつむにの、たまはがねのつるぎ。それが、わたしたちの、しめいです」

「そうして出来上がった暁には・・・。古事記の国譲り神話を神代にまで引き戻して、その剣を腰にひっさげ、私、アジスキノタカヒコが稲佐の浜に突入します。そうです、私は古事記に飛び入り参加します。タケミカズチと決闘するのです」

「なんとまあ!それは、なりませんぞ!」

「なぜですか!私はオオナムチの子供なんですよ!なのになぜか私一人だけが国譲りの場面に登場してなかった。その挙句に布都御魂(フツノミタマ)の神格を、中臣の古事記が奪っていくことになってしまった。フツノミタマ、歴史では明かされてないけれどすなわちそれは、今まさにそこで作られようとしている唯一無二の、玉鋼の、あめのむらくもの剣のことなのですぞ!」

「そんなことは、ひゃくも、しょうちです」

「じゃあなぜ、タケミカズチと決闘してはいけないのですか!」

「いやいや、かつらぎぞくの、えいち(叡智)というのは、そんなちっぽけなものではないはずですから」

「・・・・・」


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