第25話

俺はポケットからスマホを出して、Yahoo!アイコンにタッチしてみた。おっ、ヒットしたぞ。Wi-Fi環境なんてもの、すこし前の、現代にいる我々でも想像しなかった代物だよな。喉の声帯から発したと同時に消えて去ってしまう、先行きの定まらない声だとかを、いとも簡単にふっ飛ばしてしまいそうな優れもの。瞬時に音声、画像も、数値として眼前に示される完成品。あたかも超常現象の権化とでもいうような唯物論の進化形だ。この優れものWi-Fi環境も、もし古代人が遭遇したらどうなのかな?アメノウズメさんは、全然驚いてないよな。そういえば古代の人々にとって、祟りだとか、おまじないだとかは、普通の日常生活といっしょにあったと聞くしな。



以下、経津主神(ふつぬしのかみ)について、スマホ画面のウィキペディアより抜粋して、やつのレポート用紙の裏面にペンで書いてみた。ひょっとして、なにかの役に立つかもしれんと思ったから。


経津主神(ふつかぬしのかみ)は、日本神話に登場する神である。『日本書紀』のみに登場し、『古事記』には登場しない。『出雲國風土記』では布都怒志命として登場する。


経津主神の正体や神話の中で果たした役割については諸説がある。神名の「フツ」は刀剣で物が断ち切られる様を表し、刀剣の威力を神格化した神とする説がある。


『古事記』では、建御雷之男神(たけみかずちのかみ)の別名が建布都神(たけふつのかみ)または豊布都神(とよふつのかみ)であるとし、建御雷之男神が中心となって葦原中国平定を行うなど、建御雷之男神(たけみかずちのみこと)と経津主神(ふつぬしのかみ)が同じ神であるかのように記載している。

布都御魂を祀る石上神宮が物部氏の武器庫だったとされることから、経津主神も本来は物部氏の祭神だったが、後に擡頭する中臣氏の祭神である建御雷神にその神格が奪われたと考えられている。


ここまで書き写して、俺は目が点になった。もう一度最後のくだりを読んだ。「・・神格が奪われた・・」まるで、すぐそこから、玉造温泉でのアジスキノタカヒコネの押し殺した声が聞こえてくるかのようだ。

「献上など、させない・・」

やつは小声でそう言った。まるでウィキペディアまでもが、やつと同じことを言わんかとしてるように思える。神名の「フツ」が刀剣の威力を神格化した神だとしたなら、物部氏のレガリアである刀剣を、後になって中臣氏が奪ったことになる。刀剣というレガリアの略奪を、古事記の言葉の記述だけで巧みに、タケミカズチなる人物が唐突に現れて実行してしまったのだ。しかし、三澤の郷で言葉を与えられて以降、アジスキノタカヒコはそれを許すことを絶対にさせないつもりでいる。そして、やつの胸のうちに、おそろしくありえない筋書きが、おそいかかろうとしている。


俺は大きく深呼吸をした。そして紙を裏返した。念のためにもう一度、やつの書いた文字を追う。古事記のタケミカズチが出雲を平定したという作り話を、最後の時系列にもってくる。すると国譲りを巡っての話が、ちょうどウィキペディアの、刀剣の略奪と、ぴったり符号する。やはり、想像してた通りに筋書が重なった。

そう、つまりそもそも国譲りなどという出来事はなかった!フツヌシの時代にすでに出雲はひとつの国としてつくられてた。しかし後の時代になって、古事記という日本最古の歴史書編纂時に、誰か(きっと藤原不比等)が、国譲りなどという言葉をにわかに割り込み入れ、出雲風土記のどこにもない稲佐の浜の決闘シーンを創作した。そして中臣氏の先祖であるタケミカズチを唐突に登場させ、実際にはなかった国譲りというチャプターを無理矢理作り、その立役者に仕立て上げた・・。


事実に対して念入りに手をこらし、複雑に迷宮入りさせてしまった1300年前の神話という名の史実。なのに、それをとことん突き詰めていった、やつの飽くなき、くそ意地魂。アジスキノタカヒコネが、ここまで調べ上げていたとはな。

やつの持ってる十拳剣。つまり、戦国末期に葛城族末裔らによってつくられた踏鞴の玉鋼を、さらに神代にまで遡っていき、その玉鋼から作り出そうとする十拳剣。その剣は斐伊川の最後の風が吹き過ぎた、あの時点からすでに、独り歩きしたのだった。「逆上」という、やつの言葉と一緒に独り歩きする。


長い時の流れで人々の間で固定化されてきた古事記や日本書紀の記述内容を塗り替え、唯一無二の、まだ誰も知らない未知なる十拳剣へと収れんしていくのだろうか。連綿と受け継がれてきた歴史書の記載内容が、いとも簡単に変わってしまう。ヤマトタケルノミコトのヒーロー物語もここで消えてなくなる。・・・ありえない話。


俺は問い直す。そもそも、神話においての真実が、俺にとってはもちろんのことだが、やつにとってもどれだけの意味があるというのだろうか。結果オーライでしか、世の中は通用しないのだから。たとえそれが事実であろうと、ねつ造であろうと、誰かの勝手な創作話であろうと、結果として多くの人が空想の創意として了解を得られれば、神話としてなりえてしまうものだろうから。



出雲空港の到着ロビーに降り立つと、レンタカーの業者が我々二人を待ち受けていた。すぐ近くのレンタカー支店にまで車に乗せてもらい、黒色のニッサンシーマハイブリッドという高級車を借りることにした。見ればまだピカピカの新車だった。うら若き娘のような歓声をあげて、アメノウズメさんは喜んでいる。俺は運転免許証を見せ、テーブルのレンタル契約書面にペンを走らせる。さて、借用期間をいつまでにしたものか。相談しようと見上げたアメノウズメさんは「はやくして」と言ってくる。もうすでに助手席に座っていた。どうしよう、困ったな。さすがにこれ以上、会社を長く休むわけにもいかないし。


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