第24話
地上に降りたところで、すかさずタクシーを拾って中に飛び込む。
「ここからなごやくうこうまでタクシーで30ぷん、そこから、いずもくうこうまでのひこうじかんが60ぷん、そこから、たまつくりおんせんまで、はしってどれくらいかしら。みんなが、おくいずもの、たたらばへ、しゅっぱつするまでに、りょかんにたどりつくかしら」
「出雲空港から乗りものなしで走るの?」
「いや、タクシーをひろっていくわ」
「タクシーのままで、時空を超えることができるの?」
「それはムリ。とつかけん(十拳剣)の、じりょくがひつようだから」
「磁力?言ってる意味、わからねえな」
俺は、名古屋高速に入っていくのを窓外に確認しながら、ぽつりとこぼす。このような超常現象を信じてなるものかという気持ちが俺の中には歴然と残ってることを、アメノウズメさんの前であからさまにすることは、しかしどこかマナー違反であるように思えた。
「サルタヒコさん。あなたがねえ、ねむっているあいだに、げんだいにもどされていくのが、みえたわ。なごやのだいがくの、としょかんにある、こじきのなかのタケミカズチの、とつかけんのじりょくに、ひきよせられていったわ。わたしはじくうをかきわけ、おいかけるのに、たいへんだった」
「剣の磁力だったり、時空のねじれだったりと、ありえないような超常現象は、神話の世界だからこそ許されるものなんだろ?状況に応じて都合よくできてるよ、まったく。わるいけど、俺には理解できないし」
「そう・・そしたら、もどるの、やめる?」
「・・・いや、行くけどね」
沈黙が包む。ここまで俺を追いかけてくれてたのに、とんでもなく申し訳ないことを言ってしまったと思った。
「そしたら、これから搭乗する飛行機のチケットは手配してあるのかしらん?」
「スマホ、もっているんでしょ。ちゅうもんしてみてくれない?」
「わかりましたよ。ついでにタクシーではなくて、レンタカーの手配もしておくよ。スマホはこの現代でしか機能しない情報伝達媒体ですからね」
「それはしかたないことです。こだいにちかづくほど、ことだまは、かぎりなく、こえにちかづくから」
「言霊?」
「そう、ことだまです」
なるほど。それを逆に考えるとよくわかる気がした。人代(ひとよ)は言葉を、声だけでなく、紙の上にも書くようになった。近代では言葉を新聞のようにたくさん印刷してしまうようになった。さらに現代にいたっては電話や無線、あとUSBなどの記憶媒体までがある。つまり現代は、言霊が限りなく声帯から出される声から、遠ざかっているということか。
納得できるような、できないような。俺はスマホでチケット予約に成功し、「注文できたよ」と言おうとしてやめた。そう言えばアメノウズメさんの顔を、まじまじと久しく見てないのに気づく。この人の存在を、なぜか俺は時々こんなふうにうっかり忘れてしまうことがある。自分でも不思議だ。あの、鳳来寺山の登山途上で偶然発見したモリアオガエルの卵の泡の時以降、すぐ近いところにこうやってずっといっしょにいるはずなのにな。でもこの人、やっぱり何億年も遠いところの人に思えてきてしまう。
スマホ画面を指先でタッチするふりを続けながら、顔を見ようとしてちょっとだけ横を見た。と同時に、大きな寝息をひとつたてて横隔膜が落ちた。深い眠りの底へと、一気に急降下していくのがわかる。アメノウズメさん、きっと昨夜から寝てない。しかも俺をこんな遠くまで迎えに来て、疲れきっているのだ。
飛行機の窓の下は、山嶺が美しく波打ち、若竹色にたなびいている。
「じょうくうからみると、タケミナカタのすむ、すわのくにが、よくわかるわ」
「ああ、古事記のタケミナカタねえ。タケミカズチと戦う相手だったね。出雲国風土記のアジスキノタカヒコネは、タケミナカタのことを、どう思ってるのだろうか」
「それはこれからの、サルタヒコさんのうでに、かかっていることじゃないの?」
「はっ?おれ?」
俺が、彼らとなんらかの関わりをもつとでもいうのか。ふと、ポケットにしまいこんでおいた紙のことを思い出した。あの男、アジスキノタカヒコネがキャバクラ店の待合ソファで書きしるしたまま置いていったものだ。広げて読んでみた。
出雲の平定についての逸文の、時系列まとめ
1 『古事記』(712年) → タケミカズチが平定した → 中臣(藤原)氏の奉じる神
2 『出雲国造神賀詞』(716年) → フツヌシが平定した → 物部氏の奉じる神
3 『日本書紀』(720年) → タケミカズチとフツヌシが平定した → 上記両者の神
4 『出雲國風土記』(733年) → 出雲の平定の記述はなし
以上
意外ときれいな字で書いてある。文献を読みあさって、彼なりにまとめたものなんだろう。悔しいが、俺より達筆だ。
それにしてもフツヌシ?またしても初めて聞く名前だな。新たに大きな難問を突き付けられたような感じ。高校の時にちょっとだけ図書館で読んだことのある古事記。内容はほとんど覚えてないものの、その記憶をたよりになんとかここまできた気がする。しかし、今度はとうとう、全く読んだことのない「出雲国造神賀詞」とか「日本書記」とかが出てきやがった。
なんだかなあ。日本神話に出てくる神様をいちいち数えるという面倒なことはしないが、いったい何百の神様の名前があるのかしらんねえ。太古の日本列島でのアニミズム、つまり森羅万象に宿る八百万(やおろず)の、名のない神とはまた別のところの神様なんだよな。神話と史実とが織りなしては後世の世に生み落としていった、複雑極まりない神々たち。神代とまだ薄暗かった人世との、あのもやもやしたあたりは、一筋縄ではいかないものだったということだろう。キャバクラでの、あの男の顔が思いうかぶ。迷宮入りしたメビウスの帯、か。だから、まずは焦らずに整理していくことが肝要だろうな。謎を紐解くのはそのあとだ。・・・フツヌシねえ。有名な神様なんだろうかねえ・・・
・・・さてっと。俺が飛行機に乗ってるということは、まだここは現代というところの時空、だよね。位置の高速移動の理屈だとかなんだとか言って、まさかこの時空はねじれてないよね。時計の時刻通りに、きちんと秒針の時系列が重なっているよね。ということは、赤道上空の静止衛星を経由して地上からの情報をキャッチすることも可能なはず。この飛行機に電波を受信する装置がついているのかな。
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