第23話

「稲佐の浜で、ちゃんと戦えたのかい?」

「タケミカズチのことですか?」

「そうだ」

「会ってないです」

「なんだと?会ってないだと?だらしないやつめ」

「なんで、だらしない?」

「ちゃんと筋道たてないから、だらしないのさ」

「筋道?立てられるわけがないじゃないですか。古事記なんてものは時代も登場人物もめちゃくちゃなんだし、逸話もねつ造でちりばめられているではないですか」


「ほら、ほら、ほら、墓穴を掘ってきやがった。ねつ造でちりばめられているだと?あたりまえだ!考えてみろや。現代だっておんなじだろ」

「現代?記録文書のことですか?」

「公的文書改ざんやら証拠隠滅やら、高級官僚と政府は当たり前のように毎日やってるが、国民の前ではやってないとしらを切っている。その繰り返しをおまえもいやになるくらいテレビ報道で見てるだろ?」


「うーん、たしかにそうですが、古事記のねつ造の方が、責任は重いと思いますが」

「あほ言え!どちらもおんなじことだ!もっとたちが悪いことに、強引に決められた5年前の特定秘密保護法もあるしな。ぼやぁとしてるやつは、なあんも知らんだろうけど」

「それくらいは知ってます」

「そうか、だったらおまえもすこしはわかると思うがな。俺たちは合法的な国家最高機密によって、傀儡(くぐつ)のように、いかにも合法的におどらされている。見える真実はいかようにも捻じ曲げられている。それが言葉の持つ宿命でもある」

「言葉の持つ宿命ですか」

「そうだ。だから神話も、無限地獄のメビウスの帯のように、どこまでいっても真実は隠滅されてる」

「メビウスの帯?」



暗渠の中で、俺のむせび泣く声がこだましてる。名古屋の地下道をひたすら走ったときの、高層建築に追いつかなかったときのメビウスの帯が頭を混乱させる。何度じゃんけんしても、俺は負けた、無間地獄のじゃんけん。小さかったころ。高校の頃。社会人。取り残されてた中年。いつの時も、見たことあるあの男の顔。俺のくやしがる様子を楽しんで見ていやがる。男、男、男が、俺を楽しんでいやがる、ずっとまえから、いつも、どこからでも。

あいつは知らない男の顔だったはず。しかし、やつは言葉を取り戻した?くそったれ!取り残された俺?くやしいから走るしかないさ。走り続ける。異邦のバザールの声。祈りの声。しかし自分の言葉が見つからないでいる。残り時間がない。狭い路地。古い煉瓦造りの窓という窓からにょっきり突き出されてくる、夥しい尻の光景。それだけが美しい。妄想のあてどない尻。メビウスの帯。暗闇。何ひとつとして見えてこない。暗渠で渦巻くLEDの発光周波がうるさい放出を続けている。回転するエレベーター。吐き気。それと便意・・・。



「おまえ、ためしにメビウスの帯のまん中をはさみで切ってみろや。最後まで切っても、期待するような真実はどこにも出てこないさ。それじゃあとばかりおまえは、新しく作られたもう一つの帯のまん中をまた切り始める。次から次へと作られた輪をもう一度、さらにもう一度と繰り返して切っていく。しかし帯はますます絡まっていき、収拾のつかない迷宮入りになる」

「・・・でも、わたしはそうしながらも、アジスキノタカヒコネにあった。彼が出雲國風土記の記述通り、斐伊川の上流、三澤の郷(みさわのさと)で、言葉を話すのを、わたしは見ました」


「・・・ほおおう、それはそれは、おめでとうさんだったな。・・で、やつの持ってた十拳剣(とつかのつるぎ)はどうなった?」

「今度、玉鋼(たまはがね)の鉄の剣に作り替えて、タケミカズチを倒すと言っていってました」

「なんだと!・・・あほかいな!神話を作り替えられるとでも思ってるのか!それを言うのなら、何重にもからまったメビウスの帯の始まりと終わりを正してみてから、順序だてて言え!」

「だけど、もともとメビウスの帯は一本にはできないようになってるから、無理なんでしょ?」

「その通りだ!だから無駄な妄想をやるなって、さっきからおれは言ってるんだよ!目を覚ませやい!」

「でもそしたらアジスキタカヒコネは、このあとどうなっていくのでしょうか?」

「知るかい、そんなこと!」

 最後に男は釘を刺すようにして言うと、掴んでた俺の胸ぐらを、あらん限りの力で突き放した。


反動が背中をドアに叩きつける。躰がドアの反対側へ吸い込まれ、さっと閉まる。

「あっ、アメノウズメさん!」

「しぃっ!」

 人差し指で黙るよう、指示してくる。そして俺の手を引っ張ると、部屋の奥へと連れて行く。俺は黙っていたが、ほんとは嬉しくて仕方ない。俺のことをかまってくれてる。だからこのまま、されるがままでいたい。

アメノウズメさんはドアを開けると、高層ビル非常階段の外へと連れ出した。夜中だと思ってたのだが、外も、はるか下の通勤ラッシュも明るかった。朝なんだろうか。

「はやく!」

アメノウズメさんがカラ、カラ、カラン、コロンと、鉄の螺旋(らせん)階段の旋律を響かせて降りていく。

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